「ものがたりソフト」ってなんだ?「物語を書く」ってなんだ?『僕は小説が書けない』中村 航×中田永一インタビュー

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公開日:2014/11/6

読書が好きな人なら、一度は考えたことがあるだろう。
物語ってなんだろう? 物語を作るには、どうしたらいいの?
ヒントは、人気作家二人が合作した青春小説の中にあった。
その小説は、「物語作成支援ソフト」を活用しながら執筆されたという。
二人が執筆過程について語り合った言葉には、さらなるヒントが隠されていた。

 

中村 航(左)、中田永一(右)
なかむら・こう●1969年岐阜県生まれ。芝浦工業大学卒業後、エンジニアとして働く。2002年、『リレキショ』で第39回文藝賞受賞しデビュー。04年、『ぐるぐるまわるすべり台』で第26回野間文芸新人賞を受賞。著書に『100回泣くこと』『トリガール!』などがある。『デビクロくんの恋と魔法』は嵐の相葉雅紀主演で映画化され、11月22日より全国公開。
なかた・えいいち●1978年福岡県生まれ。2005年、恋愛アンソロジー『I LOVE YOU』収録の短編「百瀬、こっちを向いて」でデビュー。同作を表題に掲げる作品集で、08年に単行本刊行。その他の著書に『吉祥寺の朝日奈くん』、第61回小学館児童出版文化賞を受賞した『くちびるに歌を』(12年本屋大賞第4位)などがある。

恋愛小説のアンソロジーで“競作”して以来、親交を深めていた中村航中田永一が、合作小説『僕は小説が書けない』を完成させた。高校の廃部寸前の文芸部を舞台にした、青春群像ストーリーだ。もちろん、恋愛要素もめいっぱい詰め込まれている。
実は本作、作者二人が芝浦工業大学の学生と研究開発した「ものがたりソフト」を利用して執筆された。

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中村:「僕の母校でおこなわれていた研究にまぜてもらいました。工学って文学と関係ないジャンルだと思われてるんですけど、今回お声がけした中田さんもそうですが、工学部出身の作家さんって意外と多いんですよ。そういう人たちって、方法を意識していたり、論理的な思考で物語を作ろうとしているんです。できあがったソフトはまだプロトタイプですが、簡単にいうと、小説の設計図を作る支援をするソフト。研究の過程で中田さんや学生たちとディスカッションをしながら、“自分はどんなふうに小説を書いているんだ?”“そもそも物語の面白さってなんだ?”と考えていく作業が楽しかったです」
中田:「研究を進めていくためのサンプルとして、小説を書く前に作るプロット(物語の概要メモ)を学生さんに渡した結果、それぞれのプロットの書き方に特徴があると分かったんです。僕は、登場人物のことはあまり書かず、シーンの展開をメインに書いている。中村先生は、登場人物に関する情報をメインにしたプロットの作り方をされているんです。二人の特徴が、ソフトにも活かされていますね」

機能は大きく分けて3つある。
①「あらすじ」を短いセンテンスでまとめる機能、
②「キャラクター」のデータベースを作る機能、
③具体的な「シーン」を配置して保存する機能。
ソフトが投げかけてくる質問に答えることで、物語の設計図が完成する仕組みだ。その設計図作りから、二人の合作は始まった。

中村:「僕も中田さんも二人だけで話す時は、小説が書けないという話題になることが多いんですよ。書けないっていうこと、なんで書けないのかってことに関しては、僕らが一番書けるんじゃないか(笑)。そこで〝書きあぐねている文芸部員の物語〟にしようと決めました」
中田:「主人公は不幸を引き寄せる能力があって、それが小説家としては武器になる。先輩に小説の書き方を教えてもらう、部のみんなで合宿に行く……というキーワード的なものを出し合って、設計図に配置していきました。物語に足りない要素は何なのかが、ソフトを利用したおかげで見つけやすかったんです」

設計図があるからこそ自由に書くことができる

いざ書き出してみると、大筋のラインは変わらないものの、いい意味で「設計図通り」にはならなかった。原稿用紙10枚分ほど書き進めたらストップ、相手にバトンタッチして続きを書いてもらうという合作形式も、お互いの想像力をワクワクと刺激したようだ。

中村:「前半のポイントとして、主人公が先輩から手紙をもらうシーンがあります。僕は、手紙を開けようかどうしようか主人公が悩むところまでを書いて、手紙の内容は中田さんにお任せしました。〝この続きをどうするのかな?〟とニヤニヤしていたら……」
中田:「主人公を罵倒する内容にしてしまいました(笑)。そもそも手紙が存在すること自体、設計図には入っていなかったんです。驚いたんですが、僕が書かなければいけない方向性が明確にあったから、楽しんで書けました」
事前に物語の設計図が完成しているからこそ、自由度が高まるのだ。必ずゴールまで辿り着けるという確信が、ディテールを自由に膨らましても大丈夫だという安心を生んでいく。
中村:「実際に書いてみないと思いつかないこととか、膨らまないことっていっぱいあるんですよね。いろんな想像が膨らむような設計図が、いい設計図だと思うんですよ」
中田:「自分一人で書いている時には出てこないようなキャラクターが、中村先生からの提案で出てきました。そのキャラクターをどう動かそうか、どういう台詞を言わせようかって考えるのが、すごく勉強になりました」

小説を書くために必要なものは、才能か技術か? 作中の議論には、お互いが作家人生の中で試行錯誤してきた、実感がこもっているそうだ。物語として抜群に面白いだけでなく、この一冊は断然“使える”のだ。

中村:「世の中には、小説の書き方についての本がいっぱい出ていますよね。これから小説を書きたいと思っている人は、とりあえずそれは読んだ方がいいと思うんです。ただ、その前にこの小説を読めばいいと思う(笑)。小説を書くうえでの悩みごとは一通りシミュレーションしてあるし、〝とにかく書き出してみよう〟という気持ちになるはずなので」
中田:「短いものでいいから、とにかく一本、終わりまで書いてみるのが大事なんじゃないかなと思います。書き終わることで、見えてくるものがたくさんあると思います」
中村:「小説ってどんなふうに書かれてるんだろうってところが分かったら、小説を読むのがもっと面白くなると思うんですよ。これから小説を書きたいと思っている人も、そうじゃないという人も、ぜひ読んでみてほしいですね」

 

ものがたりソフトとは?

芝浦工業大学で開発研究されている、小説を書く人の「発想を助ける」システム。卒業生である中村の声がけで、2012年5月、芝浦工業大学での研究がスタートした。理系出身の作家仲間である中田にも声をかけ、大学での打ち合わせを重ねて実用化に向けた研究を進めていった。議論と実験、トライ&エラーを繰り返しながら、12年末に第一弾の「ものがたりソフト」が完成。物語のミドルポイントは? 各キャラクターの性格は? どのシーンでどんなことが起こる? ソフトが提示してくる「穴埋め式」の質問に答えることで、物語の設計図=プロットが完成する。現在は、芝浦工業大学工学部情報工学科教授・米村俊一ゼミで研究が継続されている。

ものがたりソフト
これらの質問・回答から、「芝浦太郎と芝浦康子が、拾ってはいけない鍵を拾うことから
大冒険し、強いきずなで結ばれる話」というあらすじが出来上がる。

 

『僕は小説が書けない』

中村 航×中田永一
KADOKAWA 角川書店 1500円(税別)

「まだ、書きたいという気持ちは残ってる?」。なぜか不幸を引き寄せてしまう人生を歩んできた高校1年生の光太郎は、先輩・七瀬の策略により、廃部寸前の文芸部に入ることに。個性的な部員たちの他に、理論派の原田さん、感覚派の御大らOBも顔を出し……。