「ドラえもんをボクにあずけてください」シンエイ動画の元会長の話が泣ける

マンガ

更新日:2014/11/4

 まんが『ドラえもん』が1969年に誕生して45年、アニメ版が1979年に放映開始されてから35年たった今年、北米版『Doraemon』が放送開始となった。瞬く間にアメリカの子どもたちの心をつかんだ『Doraemon』は、「ドラ焼きアメリカで流行っちゃうかも」(TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』)というほどに超絶ヒットしているという。

 パーマネントキャラクターとして、世界中に広がり続ける『ドラえもん』だが、現在放送中のアニメ版は「2度めのアニメ化作品」だと知っているだろうか?(有名かな?)

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 最初のアニメ版は、1973年に日本テレビ系で放送され、視聴率不振のために半年で打ち切られてしまった。『パーマン』や『オバケのQ太郎』など、多くのアニメ版がヒットする中での打切りは、原作者の藤子・F・不二雄こと、藤本弘先生を悲しませた。

 その『ドラえもん』を再びアニメ化しようとしたのが、シンエイ動画を設立した男・楠部三吉郎氏だ。楠部氏の著書『「ドラえもん」への感謝状』(小学館)に綴られたアニメ版『ドラえもん』の復活劇。作品を生み出す者の情熱と、原作を預かる者の覚悟、両者の信頼関係…そこには、見習うべき仕事人たちの心意気、姿勢が浮かび上がる。

「『ドラえもん』をボクに預けてください!」

 1977年秋、アニメ会社から独立しシンエイ動画を創設したばかりの楠部氏は、藤本先生に「ドラえもん再アニメ化」を打診した。一度、打切りになった作品だけに、藤本先生は即答しなかった。長い沈黙の後、藤本先生は楠部氏に「宿題」を出した。ドラえもんをどう見せるつもりなのか? 原稿用紙数枚でいいから、気持ちを書いてください、と。

 楠部氏はすぐさま文具店に走り、喫茶店で鉛筆を握ったが、元々は営業マンであり、アニメに縁もなかった楠部氏は、その思いをうまくまとめられない。藤本先生に数日の時間をもらった楠部氏は、『ドラえもん』(当時は13巻)を買い揃えて、前の所属会社の先輩・高畑勲氏の自宅におしかけた。後輩の急襲に面食らいながらも、全巻を読み終えた高畑氏は言った。

「こんなすごい作品が日本にあったの?」

 藤子作品の魅力を再認識した高畑氏に、楠部氏は再アニメ化のためのレポートを依頼した。果たして数日後、高畑氏から届いたのは、『ドラえもん』の本質を捉えた素晴らしい企画書だった。

「夢想空想こそ子どもの特権だ。ドラえもんは子どもたちの夢想空想を大人の知恵で少しだけふくらませてくれる。現実世界は甘くないから、のび太はいつも失敗してしまうけれど。子どもたちの夢想空想を笑いの中へ解放してくれる、解放戦士こそ、『ドラえもん』なのだ」

 このレポートを読んだ藤本先生は言った。
「わかりました。あなたにあずけます」と。
 楠部氏はそのひとことを重く受け止め、自らの誠意として「100万円の小切手」を1年間の営業権として差し出したが、藤本先生は怒った。

 これまでの作品が良縁に恵まれ、アニメでもヒットを出した中で、「『ドラえもん』だけは出戻りなんです。(中略)もう一度嫁に出すことがあったら、せめて自分で婿は選ぼうと、(中略)そして私があなたを選んだ。私が選んだ婿から、お金を取れますか?」と藤本先生は静かで悲しい怒りを見せた。

「あなたにあずけるのに1年間なんて期限は切りません。日の目を見なくたっていい。楠部くん、『ドラえもん』はあなたにあずけたんです」

 晴れて『ドラえもん』に婿入りした楠部氏は、精力的に「再アニメ化」を売り込むが、「一度失敗した作品」を嫌がるテレビに何度も蹴られる。それでも諦めずに、楠部氏は、パイロット版を自費で製作することを決意。すると、資金不足の楠部氏に対し、アニメーターやスタッフは「成功報酬でかまわない」と言って、力を結集してくれた。パイロット版のキャストは、大山のぶ代氏、小原乃梨子氏らをはじめ、その後26年間レギュラーを務めた力ある声優たちだった。

「びっくりしました。ドラえもんってこういう声だったんですね」

 完成したフィルムを見て、藤本先生が一発OKを出したのは、有名な話だ。そのパイロット版の力は絶大で、すぐに再アニメ化は決定し、今なおアニメ版『ドラえもん』はリニューアルを経て、今も続いている。

 本書には、再アニメ化までのお金の話や、放送権の話、劇場版での監督交代や、26年めの声優陣総入れ替えなど、「良かった話」だけではない、シビアなアニメビジネスの裏側の事情なども語られている。

 だが、その根底に流れるのは、「我が子」として愛した作品を、世界中で待っている子どもたちに届け、笑顔にしたい、という熱い情熱だ。精神論や根性論だけで、仕事ができるとは言わない。だが、人の想いがなければ、素晴らしい仕事はできないのは間違いないと思う。楠部氏のように銀座の美女とお酒を楽しむ時間は…なくても大丈夫なはずだ!(詳しくは本書を読んでください)

  

文=水陶マコト