文人は変わり者ばかり!? 文豪のエピソードを楽しむ、秋の夜長に読みたいシリーズ

文芸・カルチャー

2014/11/11

秋といえば、ダ・ヴィンチニュースの読者にとっては「読書の秋」ではないだろうか。せっかくの秋の夜長、ずっと読もうと思っていた文豪の作品を読むのもいいだろう。しかし作品は素晴らしいが、文豪は案外と変人でもあったりするものだ。そこで、作家たちが好んで食べたものや毎日の生活などを、膨大な数の文献からまとめた『文人悪食』『文人暴食』『文人悪妻』(嵐山光三郎/新潮社)、そして文人たちが食べ物をテーマに書いた小説やエッセイを集めた『文人御馳走帖』(嵐山光三郎:編/新潮社)という「文人シリーズ」から、誰もが知る明治の文豪、森鴎外を見てみることにしよう。

『舞姫』『雁』『阿部一族』などの作品で知られる森鴎外が軍医だったことは皆さんご存知だろう。『文人悪食』によると、鴎外はドイツに留学して実験衛生学の権威ペッテンコオフェル教授のもとで衛生学を学んだそうで、さらに細菌学者コッホについて衛生試験所で研究に従事したそうだ。こうしたことから鴎外は生ものに極度の警戒心を持つようになり、生水はもちろん飲まず、果物でさえ煮て食ったという。またドロドロした洋食は、作っている時と皿に盛る時に細菌が入りやすくて衛生上良くないという持論を持ち、洋食店に行くと子どもたちに「マヨネーズのようなものは食うな」と言っていたそうだ。

鴎外が好きだったのは、ご飯の上にあんこ入りの饅頭を割ってのせて煎茶をかけるという、常人には理解し難い「饅頭茶漬」や、当時「書生の羊羹」と揶揄された庶民的な焼き芋で、酒は宴席など以外では飲まず、甘党だったそうだ。嵐山氏は「鴎外は、厳密で妥協を許さぬ几帳面な性格の反面、焼き芋のような庶民的な味を平気で食べる鷹揚さがある」と書いており、こうした面が作品に出ていると語っている。

『文人悪妻』には、鴎外の2番目の妻「森しげ」のことが載っている。鴎外はドイツに留学した際に恋仲になり、鴎外の帰国後に日本まで追いかけてきたエリーゼ(『舞姫』のエリスのモデルと言われている)を、一説では手切れ金を渡してドイツに帰したと言われていて、その後海軍中将の娘と結婚するが、家のすべてを取り仕切る鴎外の母・峰子と折り合いが悪く(鴎外はマザコンの気があったらしい)離婚している。立派な軍医である鴎外のため、正式な妻を探していた峰子が見つけてきたのが、大審院判事の娘しげだった。

彼女もバツイチだったこと、そしてその美貌と才媛っぷりに鴎外も一目惚れして再婚、鴎外40歳、しげ22歳という年の差で、鴎外はしげを「美術品ラシキ妻」と形容、再婚は嬉しかったようだ。ところがしげも前妻と同じく峰子と折り合いが悪くなる。だがしげはそれくらいで折れるような女ではなく、鴎外が母と嫁の葛藤を暴露した小説『半日』を書くと、しげも自分の新婚生活を思わせるような小説を書いて、文芸誌上で夫婦でやりあったりしたそうだ。しかし鴎外としげは離婚せず、幸せな生涯を送ったそうだ。

そして『文人御馳走帖』には、鴎外が牛乳について書いた『服乳の注意』というエッセイがある。どこで牛乳に雑菌が入るのか、どうやって保存すべきか、いかに殺菌をすべきかなど、医学的見地からカッチカチな文体で牛乳の効用を説いているのだが、実は鴎外は牛乳が嫌いで、決して飲もうとしなかったそうだ。そんな文豪たちのエピソードを知って様々な角度から楽しむと、教科書のしかめっ面をしたエラソーなイメージが一変、更に深く作品を楽しめることだろう。

これらの本には他にも、妻が猫嫌いだったという夏目漱石、食い意地が張っていて、鶏の解体が隠れた趣味(絞めた後は水炊きにしたそうだ)だったという太宰治、超偏食で菜食主義者だった『青鞜』を創刊した平塚らいてう、女性との心中を計画していた芥川龍之介を止めた柳原白蓮など、有名作家のエピソードが続々と登場する。また彼らが愛したレストランを紹介する『文士の料理店』(嵐山光三郎/新潮社)という本もあるので、興味のある人は文豪馴染みの名店を訪れて「食欲の秋」もぜひご一緒に。

文=成田全(ナリタタモツ)