聖なる夜は「預言CAFE」へ神のお告げを聞きに行こう!

ライフスタイル

2014/12/13

   

 あなたは「神の預言を受けてみたい」と思ったことは、あるだろうか?

 知人から、高田馬場に女性が長蛇の列をつくっているお店があり、「預言CAFE」といって、なにか未来のことを応援メッセージ風に教えてくれて話題になっているという話を耳にした。占いではなく、神のお告げを預言する。いったいどのような人が集まり、どのような預言がなされるのだろうと、興味を感じて半信半疑で行ってみた。

 「預言CAFE」とは、アライズ東京キリスト教会が運営する珈琲専門店であり、コーヒーをオーダーして預言を受けるシステムになっている。開店の1時間半ほど前に到着すると、早くも入り口にある記名表に名前を書き込む人の姿があり、その人気のほどを実感する。ちなみに「予言」とは“未来の物事を予測して言うこと”であり、「預言」は“神の意志を語ること”(ともに『デジタル大辞泉』より)という違いがある。預言は神託、文字通り神のお告げなのだ。

高田馬場にある「珈琲専門店 預言CAFE」。日曜は「アライズ東京キリスト教会」として礼拝が行われる

営業時間はこちら。18時15分が受付終了時間。入り口に記名表があり、名前を書いた順に店内に案内される

 牧師であり、カフェのオーナーである吉田万代(よしだかずよ)さんにご挨拶をしながら、先入観が入らないようにと取材の前に預言をしていただくお願いをした。「はい、わかりました」という返事のあと、ICレコーダーのスイッチを押すやいなや、なにも聞かず、間髪入れずに神の預言が始まった。

「主が言われます。我が愛する娘よ、私はあなたを愛していると主が言われます。私はあなたに大胆さを与えていると主が言われます。人が気がつかないところや、また恐れてそこに入っていくことができないところに対して、私はその新しいアイディアをもって、あなたがその突破口を開くものとして、あなたの存在を用いると主が言われます…」

 と、預言はすべて“主が言われた”言葉で語られていく。よどみなく滔々と一気に語られる言葉は、抽象的な表現のようでいて、今の自分をとりまく状況や、今後展開したいと考えているビジョンなどにも触れられてゆき、ものすごくどきっとする。自分のために語られる言葉に、しばし聞き入る。預言が終わるころには、今なされた預言についてあれこれ聞いてみたくて、うずうずしてきた。

―まずは「預言CAFE」設立のいきさつから教えてください。

「預言は、聖書に書かれている神の計画なんです。これまで預言を受けたり聞いたりすることは、クリスチャンだけにとどめられてきました。しかし、神様の愛や計画はすべての人に及びますので、クリスチャンではない方にも預言を聞いていただければ、素晴らしい力になるのではないかと考えたのです。実は、預言を行う“預言者”は、牧師と同様に教会でのひとつの役職です。クリスチャンで訓練を受けた人は誰でも預言をすることができます。私も当初は、教会内の預言訓練センター(プロテスタントのキリスト教会で洗礼を受けた人が対象。申し込みには牧師の承認が必要)で、“預言を広める”活動に参加していたのですが、ふとしたことから“そうだ。カフェを開いて、一般の方にも預言を受けていただくのはどうだろう”と思いつきました。

 最初は自分でも“こんな怪しげなものに反応してくれるお客さまは、少ないかもしれない”と思っていました。果たして、開店の日にいらしたお客さまは3人でした。ところが数か月のうちに大きな反応が得られるようになり、みなさん喜んで来店されるようになった。それが始まりですね。おかげさまで、お店は今年で7周年を迎えました」

1日の来店人数は平均120~130人。預言のできるカフェスタッフ11人で対応している

―預言は、どのようにしておりてくるのでしょう?

「みなさんに聞かれるのですが、ひとことで表現するのは難しいです。聞かれれば “自分でしているのではなく、神様からいただいた印象を伝えています” とお答えしますが、でも、それでも説明になってないでしょう。もう少し補足するなら、預言は“なんか知らないうちにやっちゃった”、というのではないんですよ。たとえば“お話しましょう”といって向き合って座るときって、そこに自分の意志が働きますよね。預言のときも同じです。“預言しよう”と思ってするわけです。神の霊が突然的に私たちに乗り移って語らせるのではなく、私たちが預言したいと思うときに始めたり、止めることができるのです。なぜなら預言を伝えることは必要なことで、それを神様が願っていることを私たちは聖書を通じて知っていて、またそのことに同意しているので、いつでも預言ができるのだと思っています。
 しかし、預言の内容については、おりてくるのかと言われれば、ある意味、捉えようのないものが浮かんでいるのをつかまえるような感じでしょうか。ビジョンで絵が思い浮かぶ場合もあるし、心で“思い”として感じる場合もあります。預言を行う人によっては“聞こえる”場合もあるようです。ただ、感じているものは神様からのものだとしても、言葉使いやある程度の表現の流れは、預言する者の語彙や人生経験を介している部分もあるかもしれません」

―先ほどの預言ですが、すごく核心をついていて驚きました。今自分に必要なことが受け取れたと思えたのです。でも、人によっては「預言を聞いても、あまりピンとこなかった」と感じる場合もあるのでしょうか。

「預言を受けた人が、その言葉に同意するかどうかは、ご本人にゆだねられています。もっと大きなことや、具体的なことが聞けるかなぁと期待して来る方からすれば、残念ながら“全然意味がわからなかった”という場合もあるかもしれません。預言に対する認識はそれぞれ異なるので、みなさんの反応も違うのでしょう。もし、“この預言は当たらない気がする”“別に私は新しいことに挑戦したくなんかない”と思えば、預言で告げられたことは自然には起こりません。
 では、その約束は死んでしまうのかというと、そうではない場合もあるのです。神様は私たちがそんなに素直じゃなかったり、難しいことをご存知なので、何度もチャンスを与えてくださいます。そして乗り越えるべきことを乗り越えてもらいたいと、ただ期待をしています。自分をとりまく人や、訪れるであろうチャンス、自分自身を信頼すること。それらを信じることって、すごく難しいですよね。
 しかし、聖書の中に“あなたのみことばは、私のともしび、私の道の光です”という言葉があります。預言は、遠い将来に起きることを示すものでも、明るいサーチライトでもありません。ランプのように、足元を照らす小さなともしびなのです。将来や前世を知ったところで、それが正しいかどうかは誰にもわからない。でも、何か保証がほしい気持ちで来るのは、皆さん同じ。そんな方に神様が告げるのは“こんなチャンスがあなたに与えられている。可能性があるよ”という、ともしびです。その言葉で、転ばないで前へ進んでいくことができるのではないかと思われます」

―なるほど。預言は未来の具体的な予測ではなく、行く先を照らしてくれる啓示のようなものなのですね。

「そうなんです。神様からいただくメッセージは、これからの人生に対する大きな力やアイディアになると思っています。“預言CAFE”ではおいしいコーヒーをチョイスして、焙煎してお待ちしていますので、どうぞ気軽にお越しください」

 取材終了後、開店後のお店に戻ってみると、通路は順番待ちの人たちでいっぱいだった。預言を受けたお客さんに感想を聞くと「今日は、人から紹介されて初めて来ました。期待するものがあったんですが、いざ預言を聞いたら、泣きそうになってしまって…」。まるで背中を押してくれる、あたたかな励ましのメッセージのように感じとれたという話に、素直にうなづけた。体験してみたからわかるのだが、言葉がじんわりとしみてきて、心の底からありがたい気持ちがわいてくるのだ。

入り口に続く通路は順番待ちの方々でいっぱい。ひとりで訪れる男性客の姿も

 オーナーの吉田さんは、その著書『預言CAFE 神の声が聞ける場所』(吉田万代著/芸文社)の中で、預言の正しい受け取り方や、預言に出てくる用語の解釈と意味などについて詳しく記している。預言を受けた人たちの体験報告や、よくある素朴な疑問についても触れられているので、関心をもたれた方は、ぜひ一読してからカフェに行かれることをおすすめしたい。

 また、本書の中には「預言を受けたら、それをしっかり心に受け取り、握り続けることが大切である」とも書かれている。ちなみに預言を受けた後日談にも触れておこう。取材日から3カ月ほど経過しているが、預言されたことの中から、今現在、ふたつのことが該当している。ひとつは、思いがけなくありがたい突然のお知らせ。もうひとつは、よく考えたら選ばないかもしれない、トライアルな選択につながった。その選択はいささか無謀なものなのだが、預言の言葉に後押しされて動いた部分も大きく、今は一歩踏み出してよかったと思えている。

 神からの預言はよく咀嚼し、自分なりの理解をもって、この先を照らすともしびとして参考にする。そのことで得られるものは、決して少なくないだろう。12月は水曜日のみ、カフェの受付時間が19時まで延長され、23日と24日は預言も受けられるクリスマスライブが行われるそうなので、この機会にぜひ行ってみてはいかがだろうか。

預言CAFEブレンド(中深煎り)800円。預言代というものはなく、お店で支払うのはコーヒー代のみ。預言はプレゼントなのだそうだ。約3分間ほど語られる預言はICレコーダーなどでの録音が推奨されている。預言はあとから聞き返すと、また違って聞こえるので、お試しあれ

取材・文=タニハタマユミ