「だって楽しいほうがいいじゃん」――ギャルマンガ家が語る刑務所コミック「ナンバカ」誕生秘話

マンガ

公開日:2014/12/14

   

 アメコミちっくな色使い。パワフルで強烈なインパクト―刑務所を舞台とした『ナンバカ』は、comicoで連載中のフルカラーコミックだ。comicoとは毎週連載の無料のWebコミックサービスで、PCからならブラウザ、スマホからならアプリで楽しめる。作品だけでなく作者の双又翔さんもコミック界で異彩を放っていると言っても過言ではないだろう。

 おバカな囚人4人が繰り広げる刑務所内でのストーリーはどのようにして生まれたのか。双又さんがcomicoを発表の場に選んだ理由は? この先の展開は? 独特な風貌を持つ“ギャルマンガ家”双又さんにじっくりと話を聞いてみた。

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■「読んだら描きたくなった」

――おおお! お会いできて嬉しく思います。そして、想像以上にギャルで驚きました(笑)。

双又「そう言ってもらえて嬉しいです(笑)」

――双又さんのマンガを初めて読んだときも驚きました。カラフルでパワフルでスピーディで飽きさせない。少年マンガのようなテイストなのに女性が描いているという。それからペンネームも…。「ふたまたかける」ではないですよね?

双又「ふたまた“しょう”です(笑)」

――あ、やはり(笑)。よく間違えられませんか?

双又「そうですね。“ちょっとこのペンネーム、やばいでしょ?”と言われたりします」

――このペンネームはどこから思いつかれたのですか?

双又「自分の作品の中に“ふたまた”というキャラクターがいたんですが、どういうわけかわたし自身がその名前を気に入ってしまって。どんな漢字を当てようかといろいろ探していたら“双又”だと“カタカナの“ヌ”が3つ並んでる! 面白い!”ということで、そのまま使ったんですよ」

「ヌヌヌ」に見える…

――昔描かれていたマンガのキャラクターからなのですね。ところで、いつ頃からマンガを描き始めたんでしょうか。いたずら書きとかも含めて、どうでしょう?

双又「いたずら書きとして始めたのはいつからかは覚えていません。裏の白いチラシがあったら、取っておいて、いつもそれに描き散らかしていましたね。マンガを読むようになってから“自分も描いてみたい!”と思うようになって、小学5年生くらいからコマ割りで描き始めました。当時はそういうことをしている人がクラスではほかにいなくて、見に来てくれる友人もいました。そのうち触発されて何人かの子も描くようになって、みんなで回し読みするようになりました」

――同人誌の走りみたいな感じですね。絵柄からすると、読むようになったというマンガは少女マンガではないですよね?

双又「いやぁ、これでも始めの頃は周りの人と同じように少女マンガ雑誌も読んでいたんですよ? でも、あれって月刊誌ですよね。続きを読めるのが1カ月後というのが待ちきれなくて…。それで週刊少年マンガ誌に走ってしまったんです。そしたら、少女マンガと違って先が読めないストーリーに“こっちの方が面白いじゃん”とハマってしまいました」

――確かに、女の子たちの好きな恋愛ものが多い少女マンガに比べるとバラエティに富んでいますよね。でも、それでは周りの子たちと話が合わない、ということはありませんでした?

双又「もともとそんなに周りに合わせる方ではなかったんですよね。自分の好きなことをしていればいいじゃんって。だからといって友だちがいなかったわけでも仲間はずれにされたこともなくて。今思えば、あるがままを受け入れてくれていた、いい環境だったんだと思います」

――それはうらやましいですよね。ところで、少年マンガ誌にハマっていた双又さんですが、マンガ家さんでは誰がお好きですか。

双又「いっぱいいるんですけど、特に『SLAM DUNK』などを描かれた井上雄彦先生は大好きで、ああいうマンガを描きたいと思いました」

――どんなところにひかれたのでしょう?

双又「井上先生の描かれる登場人物はみんなそれぞれ顔が違うんですよ。ちゃんと描き分けられている。キャラクターは描き分けてこそ作品は面白くなる――そんなふうに強く感じました」

■電子媒体のcomicoを選んだ理由とは?

――今ではcomicoになくてはならない作家の双又さんですが、紙の雑誌に連載するという選択肢は考えなかったのでしょうか。

双又「んー、もちろん、紙を目指していた時期もありました。でも、紙だといろいろな制約があるということが分かってきたんです」

――それで電子コミックに?

双又「タイミングよく声をかけてもらえた、というのもあるんですけどね(笑)」

comico編集「えっ? タイミングだけだったんですか?」

双又「…ということだけでもないんですけどね。マンガ家になれなければ、それまで働いていたアパレルショップで身を立てようかな、と考えてもいた時期でした。これからのことについて考えていた良いタイミングでもありましたし、何よりわたしの描くマンガの作風を気に入ってもらえて、個性を活かした作品作りをしてもいいよ、と自由に描かせてもらえるのが大きいですね。“今はこれが流行りだから、これを描いてね”とか“絵柄はこんなふうに変えてね”などと言われませんし。本当に自由にやらせてもらっています」

■「フルカラーは楽しいし分かりやすい」

――でも、「フルカラーだと手間がかかって大変」と嘆く作家さんもいらっしゃいますよね。双又さんにとっても、白黒に比べたら大変なんじゃないんですか?

双又「んー、どうなんでしょう。大変とかって考えたことないんですよ。だって白黒よりカラーの方が楽しいですよね? せっかくのマンガですし、楽しい方が良くないですか? それにフルカラーって分かりやすいんです。白黒だと、かなり読み進まないと作品の雰囲気も伝わってこないし、キャラクターの判別もつきづらい。でもカラーならキャラクターごとに色を変えれば、見分けもつきやすくて、ストーリーに入り込みやすいと思うんです」

―なるほど。『ナンバカ』の登場人物たちはそれぞれが個性的ですけど、それは読み進まないと分からないことですよね。でも髪や服の色がそれぞれ違っているから、そこまでいかなくても見分けがつきやすいですし、何となく「こういう性格かな?」と予想できますね。何より大きかったのは「これから楽しいことが始まりそうだ」という雰囲気が作品からすぐ読み取れたことです。そういうセンスも双又さんがファッションに関わっていたからこそなんでしょうね。

双又「カラーの力って大きいなぁと思いますよね。comicoから“作品はフルカラーでね”と言われたとき、“よっしゃあ!”と思いました。“ウケるマンガ”とか“面白いマンガ”とかで考えるんじゃなくて“カラーで描けるマンガ”にしようって思い、精一杯色のあるマンガにすることを決めました。“白黒では描けない部分の限界に挑戦してやる!”という感じです(笑)」

■舞台が刑務所の理由とは…

――刑務所って白黒のイメージなんですけど、こんなにきれいな色使いができるのに、どういうわけかそこが舞台になっていますよね。ほかのインタビュー記事( http://renewalblog.hangame.co.jp/archives/36909645.html )では「個性豊かな人たちが集まっていると思うから」という理由で選んだとありましたが…。

双又「実は、まだ誰にも話していない理由があるんです」

――もしかして、本邦初公開ですか!

双又「ふふ。今わたしはコンセプト居酒屋というものにハマっていて、その中でも“監獄レストラン”がお気に入りで。入店すると手錠をかけられて奥に連れて行かれるんです」

――どうなっちゃうんですか?

双又「監獄風の個室でお食事です♪ 店員も看守のコスプレをしていたりして雰囲気を盛り上げています。お店ではイベントがしょっちゅうあって騒がしくて楽しい。それに食事も美味しいんですよ。それで、こんな刑務所だったらいいなぁと思いまして」

――楽しくて食事も美味しくて看守まで巻き込んで…、まさにナンバカの世界そのものですね。

双又「そうなんです」

■「出所後」の構想は?

――現在、comicoに毎週2本の連載を持っていらっしゃいますよね。好きなことをする時間を取れないのではないですか?

双又「そんなことはないですよ。テレビも見ますし、動画コンテンツ見放題というサービスを利用しているので、好きになった作品を最初から最後までずーっと見てしまったりとか」

――えっ? でも、それでは描く時間が取れないですよね?

双又「見ながら描いているんです(笑)。それにいろいろな番組やコンテンツを見ることで、“今度、ストーリーに取り入れてみよう”とか“こんなキャラクターはどうだろう”とアイデアも出てくるんですよ」

――見るものすべてを吸収しているという感じですね。ところでもし「出所」したら、次はどんな作品を描きたい、などの構想はすでにあるのでしょうか。

双又「終わるのかなぁ、これ。描いていて楽しいですし(笑)。描きたいものはたくさんあるんです。SFものやファンタジー系のものが好きなので、それを組み合わせたものを描きたいですね。そうでなければ、現代の日常を舞台にした能力者バトル。アイデアはどんどん出てくるんですけど、全部描ききれません!」

――うらやましい限りです。大物マンガ家になりそうな予感ですね。

双又「大物かどうかは分かりませんが、好きなことで成功できるならいいことですよね。そしてそれを好きと言ってくれる人がいて、読んでくれる人がいる。あきらめずに進んでいけば道は開けるっていうメッセージを伝えられるようなマンガ家になれたらいいなぁと思っています。そのためにも自分の道を極めて、もっともっと自由に、ノリの良いマンガを描いていきたいと思います。わたしの後に続いてくれる人が現れれば嬉しいですよね」

――今日はどうもありがとうございました。

 インパクトのある作品とインパクトのある見た目―インタビュー開始直後は双又さんについてそんな印象しかなかったが(失礼!)、話を伺っているうちに「好きなこと」「楽しいこと」を追求しつつ、身の周りのありとあらゆるものを知識として自分の中に蓄える努力をし、そこから上手に引き出している研究家だということが分かってきた。

 バカな作品を描けるのはきっと彼女が賢いからではないだろうか。

 同じ「刑務所」で過ごすならきっと楽しいほうがいいに決まっている。そんなことを彼女から学べたような気がする。もしcomicoに連載中の「刑務所コミック」にクスリとしたら、楽しみながら努力と研究を重ねている双又さんのことをぜひとも思い出して欲しい。

取材・文=渡辺まりか

■作品紹介
『ナンバカ』双又翔
囚人vs.看守が繰り広げる“刑務所”を舞台としたドタバタアクションコメディ。Webコミックサービス「comico」にて連載中。
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