江戸時代、浜に現れたUFOと謎の女性に漁師はどうした!? むかしむかしのUFO&UMA伝

文芸・カルチャー

2015/1/4

カッパの腕というものを見たことがある。枯れた枝のような、干からびたしわしわの物体だった。あるお宅に江戸の頃から伝わる品で、立派な木箱に収められていた。が、おそらくカワウソかなんかの腕だろうという話。こうしたカッパのミイラは日本各地に残されているらしい。科学技術が発達した今なら、すぐに解析されニセモノであることが証明されてしまう。しかし、そんな技術などなかった時代、人々はこうしたカッパやツチノコ、人魚といった存在をどこまで信じていたのだろうか。

江戸時代の史料から未確認生物「UMA(ユーマ)」の遭遇談、目撃談を集めた『江戸のUMA談』(にほんの歴史★楽会/静山社)によると、当時の知識人たちは割と冷静に判断している様子。

江戸時代の著述家・曲亭馬琴は、当時の文人たちに呼びかけ、見聞きした珍談・奇談を披露する「兎園会」という集まりを毎月開いていた。そこでの談話をまとめた『兎園小説』に、浜にUFOのような物体と謎の女性が漂着したという話があるという。

享和3(1803)年、常陸国はらやどりという浜で、漁師たちがはるか沖の方に船のようなものを発見。引き上げてみると、船の形は丸くて大きさ5~6mくらい。上の方はガラス障子になっていた。その船内には異様な風体の女性が。眉と髪は赤くて、顔は桃色。言葉が通じないからどこの者かはわからない。漁師たちが集まって話し合う中、古老はその風体から蛮国の王の娘ではないかと推測。結局、元のように女性を船に乗せて、海に船を押し流した。

享和3年というと、ちょうどロシアの南下政策のために日本近海に外国船が現れていた時期。このため、文人たちもまた次のように推理する。

「船の中に蛮字(異国の文字)が多くあったというが、近頃浦賀沖にやってきたイギリス船にもこれらの蛮字があった。そう考えると、この蛮女は、イギリスか、もしくはオランダ、あるいはアメリカなどの蛮王の娘だろうか」

文人たちは、船に乗った女性を外国人と結論づけている。当時外国人といえば、その容貌を噂に聞くだけの存在だったはずだが、妖怪だなんだというよりはるかに現実的な考えかもしれない。しかし、『兎園小説』の挿絵によると、その船は鉄に覆われ円盤の形をしたまさにUFO。今の時代に発見された方が、よほど大スクープとして騒がれたかも。

一方、国を治める藩主の中には、未知なる存在を肯定的に捉えていた人物もいたらしい。長崎平戸藩主の松浦静山は、隠居後、大名や旗本の逸話、市井の風俗など、見聞きしたことを書き記した随筆集『甲子夜話』を残している。その中に、有名なシーボルト事件や大塩平八郎の乱の記述と並んで、ろくろ首が実在するという話が登場する。

能勢伊予守の親戚に能勢十次郎という者がいて、その弟に源蔵という者がいる。源蔵は拳法を御番衆の西尾七兵衛に習っていた。七兵衛の家に下女がいて、彼女は「ろくろ首ではないか」という噂があった。そこで、血気盛んな源蔵は、その様子が見てみたいと仲間とともに夜になってから七兵衛の家を訪ねた。
源蔵が下女の部屋に行ってみると、下女は気持ちよさそうに寝ている。しばらくすると、下女の胸のあたりにわずかに白いものが。だんだんと煙のように広がって、肩より上は見えなくなってしまった。ふと上の欄間を見ると、下女の頭が欄間に乗っている。しかも、目を閉じて眠ったまま。これを見て驚いて後ずさりすると、その音で下女は寝返りを打った。すると、首も身体も元通りに。白い煙は消え失せ、下女は前と変わらない様子でよく眠っていた。

静山は、源蔵という男は嘘をつく人間ではないから、実話と考えていいと続ける。下女は七兵衛に暇を与えられ、今も自分がろくろ首だとはつゆ知らず暮らしているとか。このほかにも、確かな筋で聞いた話ということで、天狗や人魚が実在すると言わんばかりの記述が目立つ。摩訶不思議な存在を信じたかったのかもしれない。いや、為政者にこそこんな柔軟な考え方が必要とも言えそう。

本書には、人間の言葉をしゃべる猫が目撃されたという話や、天狗に連れ去られたことがある人物の話など、まだまだ多くの未確認生物の情報が紹介される。いずれもリアルに語られ、論理的に分析しようとする態度もあれば、半信半疑ながら面白おかしく騒ぎ立てる人も。

受け止め方はどうあれ、やはり未確認は未確認。確認されていないだけということ。正体不明だからといって切り捨てるのはもったいない。賢明なる藩主・松浦静山のように柔軟な態度でのぞめば、見えない何かが見えてくるかもしれない。この世はもっともっと広くて深いのかも。

文=佐藤来未(Office Ti+)