恋愛、事件、超自然現象! エンタメ要素てんこ盛りのお仕事時代小説

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/21

「あれ、朝宮さん、平谷美樹も読まれるんですか?」
平谷美樹の新刊をレビューすることが決まった直後、編集者にこう声をかけられた。
知っている人はほとんどいないだろうが、私は日本でも数少ない(って他にいるのか?)「怪奇幻想ライター」だ。ホラーや怪談なら専門分野である。当然、平谷美樹をスルーする手はない。
「読んでますよ。「百物語」シリーズ、『ヴァンパイア 真紅の鏡像』、『呪海 聖天神社怪異縁起』。どれも面白いですよね」
「なら、『××××』も読んでますよね」
どうやら彼も平谷美樹ファンらしい。ある作品タイトルをあげて尋ねてきた。
「あ、それは読んでません」
「残念ですねー、傑作なのに。じゃ『××××』は読んでますよね?」
別の作品をあげてくる。なかなか詳しいじゃないか、編集氏(汗)。そちらも読んでいませんと応えた瞬間、編集氏の目に「ホントにファンなのかい?」という疑惑の色が浮かんだのを、私は見逃さなかった。言い訳をするようだが、私がこれまで中心に読んできたのは、平谷美樹のホラー・怪談系の作品。編集氏が好きなのはSF系や時代小説だったので、こんな行き違いが起こったのである。

この例からも分かるように、平谷美樹はジャンルを横断して、旺盛な執筆活動を展開している小説家だ。デビュー作は小松左京賞受賞のSF『エリ・エリ』だが、今やホラー、伝奇、時代小説、怪談実話、さらには釣り小説まで、手がけないジャンルはないのではという多才ぶりを発揮している。しかも、いずれもエンターテインメントとして手抜きのない安心の高クオリティ。執筆ペースの速さも含めて、これは驚くべきエンタメ職人ぶりといえるだろう。

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今回発表された『貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる』(平谷美樹:著、げみ:イラスト/白泉社)は、江戸で人気の貸し物屋・湊屋の出店(支店)を任されることになった少女・お庸を主人公とした時代小説だ。といっても、そこは作者のこと、ファンタジーやミステリ、ホラーの要素を盛りこんで、にぎやかでぜいたくな、娯楽性の高い世界を作りあげている。

あらすじをざっと紹介するとこうだ。主人公のお庸は、大工の棟梁・儀助の一人娘として育てられていた。ある夜家に強盗が押し入り、儀助夫妻は殺されてしまう。背中に重傷を負いながらも一命を取りとめたお庸が向かったのは、「よろず貸し物 無い物はない」がうたい文句の貸し物屋・湊屋だった。風変わりな店主・湊屋清五郎の力を借りて、両親の仇を討つことに成功したお庸。彼女は力を借りた損料(レンタル代金)として、湊屋の出店を任され、そこで働くことになる。

貸し物屋の店先には、風変わりな客たちが次々に訪れ、お庸を驚かせる。高額な雛人形を貸してほしいという男。古びた笊を借りたいという職人。巨大なまな板を求めてやってきた客。貸し物屋に持ち込まれた事件をオムニバス形式で描いた物語は、最終話においてお庸とその家族の物語に立ち返り、鮮やかに幕を下ろす。

作品の特色としては、お庸が湊屋の主人・清五郎によせる恋心が生き生きと描かれていること。エンターテインメントに恋愛要素は欠かせないので、そこはきっちりと押さえられている。長髪で、一見浮世離れしているようにも見える清五郎だが、実は人情に篤く、するどい洞察力も示すこともある人物。面白い事件には首を突っこまずにはいられないというお茶目な一面もあって、お庸が好きになるのも納得の、魅力的なキャラクターである。現時点では、お庸に対して清五郎がどんな思いを抱いているのか、はっきりとは描かれていない。そのあたりはシリーズが展開するにつれて、明かされてゆくのだろう。

ジャンルミックスの手法については、先に触れたとおり。その結果、予測のつかないストーリーに仕上がっているのも特色だ。お庸の仇討ちを描いて、物語の発端となる「一難去って」、清五郎の探偵ぶりが堪能できる怪奇ミステリー「初仕事」、母親思いの職人のため清五郎たちが一肌脱ぐ人情話「桜の茅屋」、そしてお庸と弟・幸太郎との関係性を、亡き両親や実家に棲みつく幽霊少女と絡めて描いた「盂蘭盆会」。江戸の賑わいが伝わってくるような時代小説に、毎回プラスアルファの要素を加え、ハラハラドキドキの物語に仕立てているあたり、さすが様々なジャンルを手がけてきた平谷美樹である。

物語はまだまだ始まったばかり。同心の熊野や、湊屋で働く松之助など、これから活躍してくれそうなサブキャラも控えている。お庸の成長と恋愛の行く末も気になるところだし、謎めいた清五郎の過去もそのうち語られることがあるだろう。コンスタントに書き継いでいって欲しい好シリーズだ。

ちなみに「貸し物屋」というのは、現代でいうレンタル業のようなもの。褌から家財道具、大八車まで何でも貸し出すのを仕事としている。江戸時代にこんな職業があったというのにも驚かされるが、多くの人が訪れる貸し物屋は、バラエティ豊かなストーリーを展開するのにもってこい。作者のアイデアメーカーぶりは、こんなところにも表われている。

文=朝宮運河

■『貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる』(平谷美樹:著、げみ:イラスト/白泉社)