【「独裁」は「より高次の民主主義」】ヒトラーの言葉をコンピュータで分析! なぜ人々は彼に熱狂したのか?

社会

2015/1/10

 演説の上手い政治家というと、歴代から在職中の人物まで多くの名が挙げられるが、中でも誰もが知っている名といえば、ヒトラーではなかろうか。ユダヤ人大量殺戮を指示した極悪人として知られるヒトラーであるが、その演説の巧みさは際立っているように映る。ドキュメンタリー番組などで、大げさな身振りで感情を昂ぶらせて話をするヒトラーと、その演説に陶酔する聴衆の映像は、一度は目にしたことがあるだろう。

 では、なぜヒトラーの演説は、人々を熱狂させることができたのか? 彼の演説に使われた単語150万語の使用頻度をコンピュータで分析し、熱狂の仕組みを探ろうとしたのが、高田博行という言語学者だ。著作『ヒトラー演説 熱狂の真実』(中央公論新社)から、ヒトラーの言葉に潜む魔術をひもといてみよう。

●ヒトラーの言葉がアジテーションに変わった仕組み
 まずは、演説に使われた単語を分析した結果見えてきた、ヒトラーの演説の特徴から。

 第1の特徴は、使用される単語に年代ごとの差があること。ナチ党が政権を握る前と後では、多く使われる単語が変わる。例えば、政権掌握前に多出する「人間」という単語は、政権掌握後には激減。代わりに増えるのが、「民族、国民」という単語だ。ここからは、政権掌握前が、一人ひとりに語り掛け、少しでも多くの人々から支持を集めるための演説であったのに対し、政権掌握後は、指示する人々をまとめ、外交と戦争を推し進めるための演説であったことが推察できるという。

 第2には、ヒトラーの演説には、時期にかかわらず、あいまいな表現が頻出すること。「確信」「意志」「理念」などの抽象名詞、つまり具体的な内容に乏しい単語がよく出てくる。

 あいまいな表現は、状況や立場の違うどの聴衆にも当てはまりやすく納得度が高いため、ナチ党が自己の延長線上にある党だと思わせることができ、支持も獲得しやすい。加えて、「平和」といったポジティブに聞こえる抽象名詞や、「最高の」「最良の」といった最上級表現が入ることで、聴き手に理想の社会を実現してくれる政党に違いないと思わせることができるのだ。

 そして第3は、「人受けのする言葉」への置き換えという驚くべき手法。演説の中で、例えば、「企業家」は「従業員の指導者」に、「独裁」は「より高次の民主主義」に言い換えられて登場する。これは、目の前にある問題に向かっている聴衆の目を未来への希望へと背けさせる効果を持つ。

 上記のような言葉の用法は、効果的なプロパガンダを目指して、かなり意識的に行われていたようだ。事実、ヒトラー自身も著書『わが闘争』の中で、言葉を駆使する技術によって、「天国を地獄と思わせることもできるし、逆に、みじめな生活を天国と思わせることもできる」と述べている。

 なお、ナチ政権成立後まもなく亡命した作家へルマン=ナイセは、亡命先のロンドンで、ナチ政権を風刺した詩「にせ者の魔術師」を書いた。そこには、「彼は空の瓶のなかから、実際には存在しない飲み物を、空のグラスへ注ぎ、空のポケットのなかから、何もないものを取り出しそれをパンと名づけ、呑み込み食べてみせた」とある。

●言葉選びだけでなく、緻密な準備を重ねてもいたヒトラー
 ヒトラーの演説の特徴は、言葉の選び方だけではない。彼は、演説をメモ形式で原稿にした後、そらで言えるまで完全に暗記し、人々の前で話す際には、現場の反応に合わせて内容の微調整をしていたという。また、ヒトラーは、演説をする時刻や会場までをも考慮した。朝より夜の方が人は感情を揺さぶられやすいため、また声が後ろまで反響せずに届く会場の方がしっかりと聴衆に訴えかけられるからだ。

 また、ヒトラーがオペラ歌手を招いて、発声法とジェスチャー方法を習っていたことも明らかになっている。レッスンは、ナチ内部にも極秘で行われており、教えた歌手自身まで、生涯その事実を誰にも明かすことはなかった。歌手の死後である1975年に、その息子が発見した手紙によって、初めて白日の下にさらされることとなった。

 このように、ヒトラーの演説は、聴衆を味方につけるために、用意周到に準備されたものだった。しかし、演説の盛り上がりは、ナチ党が政権を獲得した頃から失速を見せ始める。そして、戦況の悪化で肯定的な言葉が出ず、語るべきものがなくなってしまったヒトラーは、地下塹壕で最期を迎える。

 『ヒトラー演説』は、ヒトラーの演説が、どのような要素から成り立つのかを解説した良書だ。小さな要素が積み重なり、大きな力に変わるさまは興味深くもあり、恐ろしくもある。ナチ党に支持が集まっていく時代の空気も伝わってきて、演説と聴衆とのつながりを考えずにはいられない。

文=奥みんす