官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第71回】マキ『キープアウト~危険な男の甘い拘束~』

公開日:2015/1/13

マキ『キープアウト~危険な男の甘い拘束~』

 「おれを縛って、忘れさせてくれ」学生時代に友人に強姦された経験をもつ宮貴史は、その傷を痛みでふさいでくれる “女王様”を探して街を彷徨う日々。ある日「女王様のご命令」でディルドーと縄を買いに入った店で、宮はエロティックな美貌の男・数見と出逢う。 「おれがあなたを縛って、解いて、救ってあげる。綺麗なひと」甘美な言葉で宮を誘う数見だが、宮のトラウマは深く――。フルール新人賞優秀賞受賞作、堂々の文庫化!

 縛られたい、と思う。

 拘束されたい。別に芸術的に仕上げてくれとは言わない、ちょっと手首を縛ってくれるだけでもいい。そうして自由を奪って欲しい、身体もこころも、両方とも。

 アブノーマルなセックスに溺れている時間だけは忘れられる、忘れさせてくれる女を探している。圧倒的な力でもって自分を支配して、容赦なく快楽を与えてくれる女がいい。

 まだ出会っていない。いい線を行く相手もいるが、やはり足りない、もっともっと。

 だから結局は、そういう性的嗜好を持つ女を探して会社帰りに今日も街をふらつく。もういやなんだ、何も考えたくないんだ、ああ、何もかもがうんざりだ。

 自分で認識する限り、宮貴史(みや・たかし)とはそうした男である。二十五年、なんとか生きたがもう飽きた。

 常識? 倫理? 知ったことか、おれは縛られたいんだよ。人生投げやり、たとえば今夜名前も知らない女に刺されたって構わない、というかむしろ刺してくれとさえ思っている。終わりにしよう、永遠の忘却なんて素敵じゃないか、思考を放棄してしまいたいんだ。

 今宵のお相手は、見る限り同じくらいの年代の清楚な印象の女にした。こういう女がベッドで化けるさまは面白いだろうか。軽く誘えば大抵の女がついてくる 程度には、自分は見目がいいらしい。それを幸運だとも思わないが、女を口説く手順を大幅に省ける点においてだけは感謝する。口下手なのだ。

 彼女に似ているな、と思った。別にだから選んだわけではないにせよ。

 彼女とは、大学時代の恋人である。ほんとうに、蕩けるように愛し合った。それまでにも女と付き合ったことはあったが、あんなふうに好きになったのははじ めてだった。互いに社会を知らない子供であったし、それを裏切るように身体は大人だったから、持て余す感情も性欲もすべてを捧げて抱き合った。

 当時はもちろん、縛られたいだなんて思ったことはなかった。

 変化が訪れたのは大学三年の冬だったか、時期まではよく覚えていない。しかしあのときに見た光景はよく覚えている。

 恋人は腰を抜かしていた。声さえ出せない様子だった。逃げたら宮を切り刻むと言われて、だから彼女が逃げなかったのだとしたら、言葉の通り自分が切り刻まれたほうがましだったかもしれない。

 夕方のひと気のない講義室、その床に座り込んだ恋人の前で、男に縛られ犯された。

 大仰なナイフを手にして自分を押し倒した男は、長谷川(はせがわ)、という名だった。体格も腕力も違ううえにそんな物騒なものを使われては、咄嗟には抗えない。

 覚えている。

 それまでは仲のよい友人だと思っていた。惚気話も愚痴もなんでも聞いてくれた。自分と恋人と長谷川の三人でつるんでいつでも笑い声を上げていた。楽しかった。だが、押し倒されて飢えた目を向けられてようやく気づいた、そこには確かにこじれた恋情が透けて見えた。

 この男は違いなく、おれに惚れている、そう思った。

 わざわざ関係をぶち壊してまで襲いかかってくるほどに、おれに惚れている。

 追いつめたのはおれなのか? 恋人と手を繋いで歩く自分の姿を見ながら、やつは何を思っていたのだろう。

 しかしどちらにせよ、そうした行為に及んだ時点でクズであることには変わりない。惚れたから縛って組み敷くなんて馬鹿げたことがまかり通るならば、この世の中はレイプ魔だらけだ。

 犯されたこと自体も当然ショックだったが、それと同じくらいに、恋人に現場を一部始終見られるのが、きつかった。

 レイプの対象が彼女に向かなかったことだけは救いか。

 深く貫かれて堪え切れずに悲鳴を上げた。惨めだった。逆らえば恋人を刺すと脅されて抗わず開いた口に押し入れられたときに、噛みちぎるべきだったといまなら思う。

 暴行の時間は長かった。長谷川はなかなか満足しなかった。中から外から精液まみれにされて、解放されたときには息も絶え絶えだった。

 好きだ、と長谷川は言わなかった。一度たりとも。

 ただ立ち去る間際に、いやに苦しそうな表情をして、ごめん、と零した。

 ふざけるな、謝るくらいならば最初から行為に及ぶな。大体苦しいというのならば好き勝手やられたこちらだ。

 長谷川が出て行き取り残された講義室で、まともに口もきけなかったし、後始末をしなくてはと思いながら手も動かなかった。その自分の前で、恋人は泣いた。可哀想に泣きじゃくった。

 

2013年9月女性による、女性のための
エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊

一徹さんを創刊イメージキャラクターとして、ルージュとブルーの2ラインで展開。大人の女性を満足させる、エロティックで読後感の良いエンターテインメント恋愛小説を提供します。

9月13日創刊 電子版も同時発売
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