【ドストエフスキーに学ぶ人生の教訓】読みたくても読めなかった傑作『カラマーゾフの兄弟』を今度こそ!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/21

太宰治に三島由紀夫、谷崎潤一郎。彼ら文豪の作品が愛読書と言えたらなんだかカッコいい。フランスのスタンダールに、ロシアのトルストイ、ドイツのトーマス・マン。海外の文豪の名を出せたら、もっと知的でおしゃれな自分を演出できるような気がする。

しかし、海外の文豪の本はとても難しい。まず、カタカナで綴られる登場人物の名前が覚えられない。似たり寄ったりの脇役の名前は、ページを戻って確認することになる。もっと大きな問題は、舞台となる世界の社会、政治、宗教、思想、歴史、風俗等々に疎いこと。「?」マークが頭に浮かんだまま、理解できない要素を放っておくと、読み進めていくうちにそれが雪だるま化。複雑になっていくストーリーについていけなくなってしまう。楽しみにして読み始めたはずが、大きなエネルギーを使うはめに。このため、傑作と呼ばれる海外の小説を読むのは己の忍耐が試される苦行だ、と堪え性がない私は常日頃考えている。

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ところが、やはり世界に名を馳せる偉大な人物は違う。漫画家・手塚治虫、映画監督・黒澤明、ノーベル文学賞作家・大江健三郎らは、19世紀のロシアの文豪、ドストエフスキーのファンを公言しているとか。また、村上春樹はドストエフスキーを「自分が作家であることが空しくなってしまう」と評し、中でも『カラマーゾフの兄弟』は4度も読んだとか。

カラマーゾフの兄弟』。読んだことはなくても、タイトルを聞いたことがある人は多いだろう。主な登場人物は、カラマーゾフ家の父と3人の息子たち。豪放磊落かつ直情的な性格の長男・ドミトリーは、遺産相続や妖艶な美女・グルーシェニカをめぐって父・ヒョードルと対立。ところが、彼には婚約者・カテリーナがおり、金銭的な負い目もあって婚約を破棄できない。理知的な次男・イワンはカテリーナに思いを寄せ、腹違いの兄に強い憤りを覚える。優しい性格で誰からも愛される三男・アリョーシャは、彼らの仲裁に入る。物語はヒョードルの殺害とその犯人捜しをめぐって、複雑に展開していく。

こうしてあらすじだけ概観すると、「なんだ、難しくないじゃん」と思うが、分厚い本のページにぎっしりと詰まった文字を目にすると、ドストエフスキーの魅力に触れる前に気持ちが萎えてしまう。

私のように読みたくても読めず、挫折を繰り返している人々にお勧めしたいのが、『そうか、君はカラマーゾフを読んだのか。: 仕事も人生も成功するドストエフスキー66のメッセージ』(小学館)。過去10年以上ドストエフスキーの翻訳に携わる、著者の亀山郁夫氏によると、ロマンティックな恋やハッピーエンドで終わる恋がない代わり、味わい深い人間模様がリアルなタッチで描かれているという。100年以上も前に書かれたドストエフスキーの作品が今も色褪せないのは、彼がほかのどの作家にもまして人間の心のメカニズムに通じ、そこで得た洞察力を糧にして小説を書いているからだとか。亀山氏は、その一端に触れることができる作中のフレーズを紹介する。

「あなたにふりかかる不本意な辱めを喜びとともに耐え、心を乱さず、あなたを辱める者を憎んではいけない」

どんな場面で誰が発した言葉なのかわからないのがちょっと残念。作者によると、そもそもドストエフスキー自身が異常とも言える人生を送っているとか。地主だった父親は農奴に殺されている。自身は国家反逆罪という不条理な罪状で死刑宣告を受けるという悲劇に見舞われた。皇帝の恩赦で減刑されたものの、不当な扱いにどれだけ苦しめられたか、その心情を推し量ることなどできない。それでも、その辱めに耐え、相手を憎まないという。職場で上司に理由がわからないまま怒られたり、取引先から理不尽な要求をされたり、そんなことはしょっちゅうだ。相手を許すことができたら、苦々しさをすがすがしい気持ちに変えることができるかもしれない。

「常日頃あまりに分別臭い青年というのは、さして頼りにならず、そもそも人間として安っぽい」

修道院で修行を積むアリョーシャが、修道院の長老に下界に出ることを勧められたときの言葉。清純でまじめな彼が単なる分別臭い人間になることを恐れて発したとか。著者は、分別は大切だけど、そればかりこだわると危機的な状況で想像力が働かず、その結果未来を切り開けないと解釈する。

一見難しく感じる海外の文豪の作品。だが、どの国であろうと変わらない登場人物の人間くささに、読者は自分の姿を投影するのかもしれない。時間も場所も越えて、いろんな気づきに出会うことができる作品だからこそ、傑作と呼ばれるのだろう。

本書で海外の小説を身近に感じることができたならしめたもの。おしゃれなカフェでコーヒーを片手にドストエフスキーに読みふけり、やってきた友人に気付かなかった、なんて日も遠くないかも。

文=佐藤来未(Office Ti+)