チャラくても勝ちを狙えた、箱根優勝 青山学院・原監督の“ワクワク大作戦”の秘密【スポーツアナウンサー坂上俊次さんインタビュー】

スポーツ

更新日:2015/1/30

選手の心を動かした“否定しない精神”

「たとえば、この本で取材した“優勝請負人”である名指導者たちの場合、選手の練習時間は長くはないです。たとえば広島県立安芸南高校のサッカー部を全国優勝させた畑 喜美夫監督なんて、全体練習は週3回。Vプレミアリーグの名門、JTサンダーズバレー部監督のヴェセリン・ヴコヴィッチも、ヨーロッパ式なのでムダな練習はさせません。

 青学の原監督も、練習量というより目標管理に重きを置く。箱根に行きたいのなら、何年後にどういうタイムを出す必要があるのか。じゃあ、来月自分はどうなっている必要があるのか。だったら、今日やることは何なのか?と、目標をつめていくんです。会社員でいう、目標管理ですよね。そしてさらにその“見える化”まで実践している。寮へ取材に行ったら、階段の踊り場に選手のレポートやグラフが貼ってあるんです。【今年の目標は何ですか?】[タイムを出すこと]【そのために今、何に取り組みますか?】といった具合いに。目標が達成できなかった場合は修正目標を出して、上から重ねて貼っているんです。その経緯を、外部も内部も全員が目で見ることができる環境がすごいですよね。これが、箱根を新しい切り口で勝って、陸上界に新しい風を吹かせたといわれるゆえんじゃないかと思えました。

 選手の心を動かしたもうひとつの要因としては、原監督の “チャラさを否定しない精神”も大きかったと思うんです。原監督の就任当時、青学の陸上部は強豪校とはほど遠い雰囲気でした。しかし、“チャラいはほめ言葉”というフレーズが示すように、監督は20歳前後の学生の、遊びたい、自由にやりたい、カッコよく見られたい気持ちをまったく否定しなかった。だけど、ただ自由を尊重するだけではない。圧倒的な肯定から入るけれども、選手の今の立ち位置と目標を、監督が線で結んでつないだんです。それがどうにもつながらないときには、“じゃあ、目標を変えますか。あなたの考えを変えますか?”と、本人に問い直すわけです。叱るのではなく“これはプラスなのか、マイナスなのか。これをしていて、箱根に行けるのか”と、選手とひざつきあわせたのです。ただゲキを飛ばすのではない喝の入れ方に、うなりました。選手も青学のやり方を見ると“自分もあそこでやってみたい”と思うのではないでしょうか。だとしたらもう、その時点で勝ちなんじゃないか、と思うんですよね」

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人生の岐路でつかんだノウハウを、グラウンドで活かす

「監督や指導者たちが、人を率いるノウハウをいったいどこでつかんだのかというと、案外、グラウンドの外だったりするのです。世の中の仕組みをうまくグラウンドの中にもってくるだけではなく、人生における回り道、挫折やつまづきに直面して得た経験が、非常に大きい。

 この本では、それを“覚悟”というフレーズで表現しました。原監督の場合“覚悟”は2回あって、1度目は陸上選手としての引退です。高校駅伝で活躍し、大学卒業後に中国電力陸上部からスカウトされた。しかし5年間で引退を余儀なくされました。心機一転、選手を引退して会社員になり、営業として頑張る覚悟を決めたのです。元ランナーということはおくびにも出さず、分厚い契約約款をイチから読み込み“中国地方で業界トップ、単年度黒字、累積損失解消”という目標を掲げて任務を遂行、3つの目標を達成しました。陸上を離れて10年。選手では難しかったが、社会人としては負けまいと、腹をくくって全力で取り組んだ姿勢が、結果につながったのだと思います。

 2つめの覚悟は、広島では安定した優良企業である中国電力を辞めて、青山学院で陸上部の監督をやると決断したこと。このとき監督、実は広島に家を建てているんですよ。会社員としてのセカンドキャリアを、この地でまっとうしようとしていたんでしょうね。しかしやはり、かつては選手として頑張った陸上で成し遂げたい、という思いもあったのでしょう。オファーを受け、では今度は監督として人生の第2ラウンドへ賭けてみようと、覚悟を決めたのだと思われます。

 感覚的に表現すると、人生で大きな曲がり角が2回、あったような感じですよね。車でコーナリングするときって、少しブレたり、スピードを落としたりするじゃないですか。しかし原監督は2つの曲がり角を、全速力できれいに直角に曲がられたような気がするのです。ランナーとしての競技生活が終わった。今度は全力で右に曲がれ。青山学院から監督のオファーが来た。じゃあ今度は全力で左に曲がろう、というような。それだけの決断ができる人って、なにごとにおいても決断力に優れていると思うんですよね。覚悟を決めて腹をくくった経験をもつ方は、人にも決断を求めることができるし、その重みが違うのではと感じました」

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