ベストセラー作家・海堂尊を読み解くキーワードとは?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/28

 医療ミステリー界に新たなジャンルを切り開いた、人気作家・海堂尊
 海堂作品に詳しい編集&ライターの東海左由留さんは、「破境者」というキーワードで、その魅力を分析してくれた。

 「『破境者』とは海堂さんが『外科医須磨久善』で須磨を称した言葉だが、自分自身もそう位置付けていると思われる。『破境者』は新旧世界の国境を破壊して二つを融合し、古くさい権威に根拠がなかったことを露呈する。デビュー作『チーム・バチスタの栄光』は遅々として進まないAi(死亡時画像診断)と死因不明社会への怒りから生まれた作品だ。
 
 医学界内部からでは硬直化した体制は打破できないと海堂さんは知略をめぐらした。そこで、ミステリーという異世界からゆさぶりをかけ、壊す手に出たのだ。それは自らの作品においても同じ。やすやすと境界を破壊し、毎回、新しい試みに挑戦している。
 
 挑戦を自在にしているのが「桜宮サーガ」。架空の都市・桜宮市を核に置いたクロニクルを描くことで、多彩な群像劇、ヒューマンドラマの創造を可能にした。それに加えて、「破境者」というキーワードも意識して読んでみてほしい。高いエンターテインメント性の中に鮮やかな知略が見えてくるはず」(東海さん)

 そんな東海さんが選んだ、海堂尊作品ベスト5(文庫)は、以下の通り。

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1.救急医療における「破境者」のジレンマ
『ジェネラル・ルージュの凱旋』(上・下)宝島社文庫 各500円
海堂さんは多くの作品で自分の分身ともいえる、既存のパラダイムを破壊するキャラを仕込んでいる。ジェネラルと呼ばれる救急救命センター部長の速水晃一もその一人。悲願のドクター・ヘリの導入目前に、彼は病院を追われるのか。人間はプリズムのように光の当て方で見え方が変わる。本作はその作用を縦横に生かしたヒューマンドラマ。

2.物語をスリリングに動かすバイプレーヤー
『螺鈿(らでん)迷宮』(上・下) 角川文庫 各500円
次々に起こる病院での不審死の謎を追う、終末医療問題を浮き彫りにした医療ミステリー。海堂作品には物語をスリリングに動かすバイプレーヤーが必ず登場。本作でいい働きをするのが『チーム・バチスタの栄光』でちらりと出てきた「失敗ドミノ倒し」こと姫宮香織。物語の展開に風穴を開ける曲者キャラ造形も読みどころ。

3.田口・白鳥の黄金コンビ誕生のデビュー作
『チーム・バチスタの栄光』(上・下)宝島社文庫 各500円
どの作品も前半と後半の違いに着目したい。それぞれを一気に書き上げるのが海堂さんの執筆スタイルだからだ。「桜宮サーガ」の原点である本作では第二部にロジカル・モンスター・白鳥が初登場し、急展開を見せる。白鳥はパラダイムの破壊者だが、田口はすり抜けるキャラ。だから、他作品にもっとも頻繁に顔を出す。

4.医療以外のクライムコメディでも手腕を発揮
『夢見る黄金地球儀』創元推理文庫 672円
平沼鉄工所の営業部長の平介は旧友・久光にそそのかされ、桜宮水族館別館にある黄金地球儀の強奪計画を始めるが……。振りかかる数々の難局をギリギリでクリアしていく様が痛快な、騙し合いクライムコメディ。「医療ミステリー以外も書ける!」という負けず嫌いぶりと、海堂ワールドの広がり(おそらくMAX)を知る意味で重要な作品。

5.天才外科医の評伝を通して伝える理想の姿
『外科医 須磨久善(すまひさよし)』講談社文庫 470円
日本で初めてバチスタ手術を行った、実在する天才心臓外科医の評伝という異色作。だが、そのまま受け取ってはいけない。特に、第二部「解題バラードを歌うように」で須磨を「破境者」であると語るが、それは海堂さんが考える真のプロフェッショナルとクリエーターの理想像。海堂ワールドを深く探索したいなら必読。

 
(ダ・ヴィンチ11月号「海堂尊の「破境者」ぶりが痛快な文庫ベスト5」より)