『ハケンアニメ!』の番外編が読める! 辻村深月書き下ろし新作を無料公開

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2015/2/6


とある広場で“あの人”


今月の“あの人”は…『ハケンアニメ!』

逢里哲哉(おうさとてつや)

『ハケンアニメ!』 辻村深月 / マガジンハウス

伝説のアニメ『光のヨスガ』を撮ったことで知られる天才監督・王子千晴。彼が9 年ぶりに手掛ける魔法少女ものの新作が『運命戦線リデルライト』だ。アニメ制作会社・スタジオえっじのプロデューサー・有科香屋子は、念願だった彼との初仕事に緊張しつつ精一杯取り組んでいた。が、制作途中のある日、王子が謎の失踪を遂げる――。アニメ業界で熱く仕事をする人々を描いた群像小説。ハケンとは「覇権」の意。そのクールで頂点を取ったアニメを覇権アニメと呼ぶ。逢里哲哉は、スタジオえっじとも取引のある業界ナンバーワンのフィギュア会社、ブルー・オープン・トイの企画部長。

番外編

執事とかぐや姫【第一話】辻村深月


写真提供=Getty Images

 ──たとえば、今、一つ、願いが叶うとしたら。

 逢里哲哉(おうさとてつや)は、ガラス張りの喫煙室の中で、二本目の煙草に火をつけながら考える。

 たとえばもし、今、どんなことでも一つだけ願いが叶うとしたら。逢里は、何を置いても、一日前に戻りたい、と答える。一日前、この取り返しのつかない失敗をする前に戻って、昨日のバカな自分を止めたい。

 

 逢里哲哉は、二十三歳。フィギュア会社、ブルー・オープン・トイ(略して、ブルト)の広報担当。そして、今日はフィギュア業界最大の祭典と呼ばれる「ドール・ソニック」(略してドルソニ)、当日。

 会場となる都内最大規模の催事場、潮崎(しおさき)スーパーサイトに設けられた喫煙所の透明なブース──通称「一服ひろば」の中で、逢里はさっきから自分がやってしまった大失敗について考え続けていた。

 昔からアニメや特撮、フィギュアが好きで、就職する時も、フィギュア会社を片っ端から受けた。ブルトに就職が決まった日の、全身から震えがくるようなあの嬉しさを今も覚えている。原型師などの専門職として、ということではなく、営業や広報、商品の裏方全般を担う総合職扱いの採用だったが、むしろ、本望だった。十代からそれまでの数年間で、自分よりすごい、「天才」と呼ぶしかない人たちをたくさん見てきた。その人たちの作品を目の当たりにしたことで、自分に向いているのは作ることではないのかもしれない、と感じ始めていた。

 だけど、好きなフィギュアの魅力を他の人にもわかる言葉で届けることなら誰にも負けない。愛好家仲間からも、よく言われた。

「お前の話を聞くと、現物見てなくても、あ、それ買えばよかったって気になるんだよな。ほんっと、フィギュアバカっていうか」

「フィギュアバカ」は、嬉しい褒め言葉だ。

 そう言ってもらったからこそ、今日まで自分のことを信じてこられた。

 

 なのに、今。

 逢里は、短くなった煙草を見つめる。二本吸ったらもう行こう、と思うけれど、その決心がなかなかつかない。

 逢里は、ブルトのサイトで広報ブログを書いている。新製品の開発状況や入手方法など、ブルトの商品情報を載せるページだ。──名物広報オーサト、とファンからも存在を認識され、信用されるようになってきた。

 今日のドルソニで、ブルトにとって一番の目玉だったのが、今年劇場公開となるアニメ映画の劇場限定発売のフィギュア二種の制作発表だ。主人公二人が、それぞれ本編に登場するのと逆のコスチュームを着ている。これはみんな喜んでくれるに違いない──と迎えた今日、逢里は、ブルトのブースに並ぶファンの間から、信じられない言葉を聞いた。

「あ、やっぱり出てるな。はるリンとミチカの逆バージョン」

「オーサトブログの通りか」

 聞いた瞬間、「え?」と足が止まった。

「あれってわざとじゃね?」

「チラ見させて宣伝効果狙ったネタだよな」

 すーっと顔から血の気が引いていく。「逢里くん、ちょっといい?」と、広報の先輩の女性から声をかけられた。

 ブースの裏手まで引っ張って行かれて見せられたサイトの衝撃ときたら、なかった。昨日アップしたばかりの記事の、無関係な写真の背後に、発表予定のフィギュアの姿が──写りこんでいる。

 掲載する写真を、間違えたのだ。

 全身の血が凍りつく思いがした。次の瞬間、逢里は裏返った声で、「すいませんでした!」と頭を下げていた。

「申し訳ないです。まさか、こんな──」

「とりあえずこの写真は削除しよう。お客さんの方では、これはミスじゃなくて宣伝だったんじゃないかって噂にもなってるみたいだし」

 当たり前だ。情報解禁は、広報の仕事で最も大事な部分だ。戦略でも「ネタ」でもなく、天然でそれを間違えるなんて誰が想像するだろう。

「僕、関係各所に謝りに行ってきます」

「それも後でいいから!」

先輩が言った。

「これはもう逢里くんだけのミスじゃない。確認しなかった私たちのミスでもあるし、謝るなら部長と一緒に行って」

 もはや、自分一人が責任を取ればいいという問題ではないのだ。部長を捕まえ、二人して謝罪行脚に出向く。関係者はほぼ会場内にいたため、直接謝ることができたし、お祭り当日の賑わいのせいもあって、たいていは「まぁ、仕方ない」と謝罪を受けてくれた。部長も、「もう気持ちを切り替えろ」と落ち込む逢里をむしろ気遣ってくれた。しかし、謝る逢里の後ろで、にこりともしない後輩もいた。普段から、逢里のことを「名物広報とか言われてますけど、逢里さんってなんか『オレ、こんな外見だけどオタクなんですよね』感が出ててちょっと苦手なんですよね」と言っている新入社員だ。普段は気にもならない陰口だが、今日ばかりは思い出すと堪えた。

※リンク先のJT「ちょっと一服ひろば」は、満20歳以上のたばこを吸う方に向けたウェブサイトです。作品の他、たばこに関する情報が掲載されています。


つじむら・みづき●1980年、山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞して、作家デビュー。11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞受賞。著書に『凍りのくじら』『太陽の坐る場所』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『盲目的な恋と友情』『家族シアター』など。