胸が熱くなる!読んでキュンとなる 集英社のオレンジ文庫から目が離せない

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更新日:2015/2/25

 個性的な主人公と、それに負けない強烈なキャラが繰り広げる美術ミステリーが誕生したきっかけとその背景とは?
 集英社オレンジ文庫の創刊を記念して、ここでは『異人館画廊』を執筆された谷瑞恵さんに、『異人館画廊』が誕生した秘話や、キャラクターたちの描き方、創作活動などについて語ってもらった。

谷 瑞恵
たに・みずえ●2月3日生まれ、水瓶座、O型、三重県出身。『パラダイス ルネッサンス』で1997年度ロマン大賞佳作入選。コバルト文庫「伯爵と妖精」シリーズ、集英社文庫『思い出のとき修理します』ほか、著書多数。

 1月のラインナップに登場した『異人館画廊 贋作師とまぼろしの絵』は、美術をテーマにしたミステリーだ。2014年に刊行された『異人館画廊 盗まれた絵と謎を読む少女』の続編でもある。
 美術や芸術が基軸となった小説は、とかく難解になりがちだが、ユニークなキャラのかけあいや、彼らの言葉で専門的な知識をやさしく噛み砕いて説明してくれているおかげで、知識を十二分に味わいながら、物語にぐいぐい引き込まれていく。そもそもなぜ、美術をテーマにしたのだろう。

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「美術はもともと好きで、本を読んだり実際に展覧会に足を運んだりしていたので、割と身近なテーマなんです。図像学をモチーフにしたのは、美術だけでなく西洋文化や思想に興味があったから。今回登場するブロンズィーノは実在した画家ですが、フィクションも混ぜてあります。もともと事件の謎解きや、犯人探しに主流を置いているつもりはあまりなくて、『どういう話なの? どうなっていくんだろう?』という引きというか、小説自体に入り込むきっかけになってくれたらいいなと思いまして」

多彩なキャラクターたちの描き方

 小説の舞台は異人館画廊“Cube(キューブ)”。主人公の千景は、同画廊兼ティーサロンを営む祖母の孫。そしてこの画廊に集うのが、千景の幼なじみで画廊を経営している透磨、透磨の友人の占い師の彰、画廊を手伝っている瑠衣、はとこで警察官の京一、ネット上のみの美術品バイヤーのカゲロウ。みなそれぞれが個性的で、たとえば彰はチャラ男、瑠衣はコスプレ好き、京一は異常なほど空気が読めない。しかもカゲロウは、その名のとおり、姿かたちを見せずメールでしか登場しない。

「主人公の千景は、西洋美術を学んだ図像学の研究者で、ある種の天才型の女の子ですから、その相手役の透磨も一筋縄ではいかない強い個性の持ち主にと考えて……、千景を思いやっているのに、冷静な顔をして毒舌をふるい、嫌味な態度をとる男性にしました。まぁお互い素直じゃないんですけれど、そういうふたりを中心においてみたらおもしろいだろうな、と考えて。加えて、キューブという異人館画廊に集まるチームで、物語を動かす話にしようと決めたときに、それぞれの登場人物たちの特徴がより強いほうが話は弾むので、かなり個性的なキャラクター設定にしました。設定の仕方は小説の全体や背景、テーマをまず決めます。今回は絵が軸にありますから、そこに見合うキャラクターを放り込んでいきます。たとえば異人館画廊は千景の祖母がティーサロンを兼ねて経営している。祖母一人ではまかなえないので、その手伝いをしている女の子が必要だからと瑠衣が浮かんできて……。そういう具合にメインになる主人公を中心にして、彼ら以外の配役を、どういう配置にしようか、性格は?と考えていくとキャラの個性や役割などがどんどん生まれてきます」

 個性豊かなキャラもそうだが、内容は実に濃い。新作が描けなくなった作家の葛藤、さほど美術や芸術に興味がないような画廊主の実情。しかもそれら情報や伏線が実に細やかに絡み合っている。はたして執筆にかける時間はどれくらいなのだろう。

「実際にとりかかっている期間は、4カ月くらい。それまでに資料を集めて、イメージをふくらませたりもしているので、トータルになるとどれくらいなんでしょうね。一日のスパンでいうと、パソコンの前に座っているのは午後から夕方や、夜にかけてなんですけれど、実際に書いているかと聞かれると、ちょっと(笑)。でも毎日午後からは、一応書こうとしています。進み具合は別としてですが。あまり気分転換が上手じゃないので、行き詰まったら家事をしてみたり、猫と遊んでみたり。パソコンのそばから離れられないんです。土曜日、日曜日は一応休日にしていますので、ちょっと出かけたりもします。観たい美術展などがあるときは行きますが、でも私、本当にオンとオフが切り替えられなくて、何をしていても小説のことを考えているような気がします。とくに料理をしていたり、お風呂に入っているときなど、今は手がはなせないっていう状況に限っていいアイディアが浮かんだりして。そんなときは忘れないように、すかさずメモをとりますね」

今作を書くに当たり、あらためて美術のおもしろさを知った

「今回は贋物の絵というのが大きなテーマになっているんですが、贋物の絵についていろいろ調べたら凄くおもしろかったんです。そこで気がついたのは『贋作を描く人には、贋作を書く才能があるんだな』ということ。すごいなぁと思いましたよ。実際に贋物の絵を描いていた人のアトリエには、ピカソやセザンヌなどのいろいろな有名な画家の絵が置いてあったそうなんです。それもまるっきり写しているのではなく、画家に似せたタッチで“未発表作”を描いてしまえる。贋作で有名になった人でも、自分の絵が贋物として売られていることを知らない人もいたりします。この小説にも出てきますが、描いている人が絵を売るわけではないので、わからないようなんですよ。でも、ちょっとおかしいなあと感じているらしい。そういう人がのちに『有名な贋作事件で私がこの絵を描きました』と展覧会を開いたりしている。ヨーロッパでは贋作師として有名になった人もいるようですよ。美術は奥深いので、オリジナルと模倣の境界線がはっきりしていない。実際、どこから贋作になるのか、そのグレーな部分が本当に幅広いので、調べていて非常に興味深かったです」

 最後に読者へのおすすめポイントを聞いてみた。

「今回、2作目なんですが、1作目よりも図像学など美術的な情報を、もう少しわかりやすく読んでもらえるんじゃないかなと思っています。その一方で千景と透磨の関係や、千景の過去の伏線も小出しにしていっていますので、シリーズとして『これからどうなるんだろう』と、期待もふくらむような物語にしたいなと思いました。1話ずつ話は終わっているので、この巻から読んでいただいても大丈夫ですし、1、2巻、併せて読んでいただけたら嬉しいですね」

構成・文=大久保寛子 撮影=細川葉子

担当編集者からひとこと

 ミステリー要素や絵画についてのお話にも惹かれますが、一番の魅力は多彩なキャラクターたちの人となりだと思います。読んでしばらく経っても、登場するキャラクターを忘れないくらいきちんと配置されていて、それぞれが際立っている。際立っているからこそ、逆に出てこないカゲロウってどんな人なんだろうと気になったりもする。京一兄さんも絶妙なタイミングで登場して読む人をイラッとさせるし(笑)。それにイラついている透磨の気持ちもわかる。だけど京一兄さんはかわいいし、憎めない。しかも彼がいるから、お話が展開していく。こんなふうに個々のキャラクターが露骨に立っていないのに、読んでみるとすごく鮮やかで、みな生きているキャラクターなんです。加えて谷先生の小説に登場するヒーロー像が、ちょっとS気質なんです。意地悪さと甘さと、男のダメな部分と、格好良さのバランスがすごい。そういう男性を描くのがすごく上手なので、とくに女子の読者におすすめです。

 

こちらもおすすめ!

『異人館画廊 盗まれた絵と謎を読む少女』

谷 瑞恵 集英社コバルト文庫 560円(税別)

ロンドンで図像学を研究していた千景が、画家である祖父の死をきっかけに日本に帰国。千景は祖母が経営する異人館画廊に集まる個性的なキャラクターたちに翻弄されつつも、盗難された絵画の鑑定を行っていき……。「異人館画廊」シリーズの1作目。

併せて読みたい谷さんの単行本最新刊!

『拝啓 彼方からあなたへ』

谷 瑞恵 集英社 1300円(税別)

手紙は、相手に響き、遠くの人と繋がる奇跡。
読後にしみじみ、心が潤う一冊

「もしもあたしが死んだら、この手紙をポストに入れてください」。手紙に関する商品を中心にした雑貨店「おたより庵」を営む詩穂は、かつて親友の響子から、そんな内容の手紙を預かっていた。先日、響子の死を知った詩穂は、迷った末に預かった手紙を宛名の女性に渡すことに。手紙を通じて響子の思いや孤独を知るうちに、詩穂は響子の死にまつわる事件に巻き込まれてゆく……。詩穂が出会う様々な手紙たちは、どんな思いをはこぶのか。心に響くハートフル・ミステリー。