コミック版はただの再現にあらず! 不朽の名作「アルスラーン戦記」読み比べ

マンガ

更新日:2016/1/14

 ゆったりとした、いつまでも終わらない物語が好きだ。空想の世界観に揺蕩うことほど、浮世の苦労を忘れさせてくれることない。“物語”のなかでは肥沃な大陸に王国は興亡し、英雄豪傑は戦場を駆け、王宮には奸智と傾城が蔓延る。野には遺賢あり、吟遊詩人は諸国を旅し、貴種は流離する。

 そんな物語の世界に遊ぶのが好きな読者ならば絶対に外せないファンタジー小説の名作中の名作、それが「アルスラーン戦記」であるのは、これはもう歴史的に確定した事実!!

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 これまでにも何度もコミカライズ、映画化、再版されてきた作品である。小説版の第1巻にあたる『王都炎上―アルスラーン戦記〈1〉』の最新版は、光文社文庫で手に取れる。

 多メディア展開のなかでも、一昨年『別冊少年マガジン』(講談社)で始まった荒川弘版のコミカライズは絶佳。昨年にはアニメがスタート。そこにはコミック版の果たした役割も大きいはず。そこで、ストーリーを押さえておきたいな~という読者のために、簡単なガイドを試みよう。もちろん、どれを読んでもハズレなし、が大前提!

 物語の舞台はササン朝ペルシャをモチーフにしたとおぼしき異世界の王国・パルス。不敗を誇る精強な兵と大陸を結ぶ交易路を抑えていることで得られる流麗な文化と富を誇る一大強国である。だが、西方の蛮族(十字軍)の侵攻を受け、王国は一夜にして壊滅。単騎生き残った王太子アルスラーンは、信頼できる仲間を少しずつ増やしながら、王国の奪還を目指す…。

 少年の成長、絵巻のような王国の興隆、個性豊かな登場人物たち。だがこの作品の圧巻はなんといっても、そのスケールの大小すべてがかみ合う世界観。王子が着実に仲間を増やす課程。まるで作者が見てきたかのように、細部まで描かれている“パルス国”。体ごと異国に連れて行かれるような読書体験だ。

 今、注目を集めている荒川版のコミックと原作を読み比べると、原作に非常に忠実である。特にセリフなどはほぼ原作のまま再現し、小説ならではの心理描写、風景描写なども、表情や擬音などでもそのまま。これは原作ファンにはうれしい要素。原作のイラストを手がけた天野喜孝氏のイメージが強いという世代でも、原作とイメージが違う、となるリスクは極めて少ない。

 そんななかでのコミック版の大きな改変は、原作の第1話の3年間に当たるプロローグ的な“第0話”をコミック版の第1話に持ってきていること。その意図は、物語開始の時点では惰弱な少年にすぎないアルスラーンの頼りなさ(そして、将来の王たる器量のかすかな萌芽)を最初にはっきりと示し、アルスラーンというキャラクターを提示すること。これは、王国の歴史年表や登場人物をはじめにあえて羅列することで、これから始まる物語のスケール感を読者に体感させることに重きを置いている原作との大きな違いであり、もっといえば小説とコミックのメディア特性の本質的な違いともいえる。

 簡単に言えば、コミックは“0話”の次からすぐに物語本編が始まるのに対して、原作の方はコミック3巻分に当たる第1巻(角川文庫版)までがプロローグと言える。例えるならばコミックの方は、第1巻から「次はどうなるのだろうか、どんな冒険が待ち受けているのだろうか?」という興味でページをめくるのに対して、小説版はページをめくるたびに「まだ物語は展開して欲しくない、もっともっと深く、作品の世界観に身を委ねてからにしてほしい」と感じる。

 逆に言えば、小説とコミック、そのメディアの持つ特性を物語の最初に鮮やかに提示して見せている。メディアの強みを一番に表現しているということは、作品として一流である証とも言える。

 さて、開始から26年経った今でも、肝心の原作は完結していない。全16巻の予定が、現在14巻まで刊行されている。いつまでも終わらない長い物語は好きだけど、完結を知りたくもあり、じれったい! いろんなメディアで物語世界に浸りつつ、どう完結するのか想像する喜びに浸るべし。

文=龍田石史(id press)