不幸な元女優を救ったのは、客のいない映画館とオタク副支配人

文芸・カルチャー

2015/3/1

理想の仕事ってなんだろう。よく「やりたいことを仕事にしたい」とはいうけれど、現実には「この仕事、案外私に合ってるかも」と、ふとした時に気がつく、なんてことはよくある。狗飼恭子著『東京暗闇いらっしゃいませ』の主人公・溝口夏十も、そんなひとりだ。

ちょい役をこなしながら好きな女優業を細々と続けていた夏十は、ある映画で演技がヘタを理由にクビにされ、事務所からも解雇されてしまう。おまけに理想の恋人から婚約破棄され…とのっけから不幸全開。ただしこの夏十、ペネロペ・クルス似の超美人というのがくせもので、「美しくあること」に命をかけていた彼女は、「こんなキレイな私がこんな目に遭うなんて」とひたすら嘆くばかり。そんな夏十が、一人になりたくて、でも一人になりたくなくて、ふらふらと入ったのが中目黒の小さな映画館「楽日座」だった。

人のいない暗いシートで思いっきり泣いた彼女は、その後、ひょんなことからこの映画館の運営を手伝うハメに。ちなみにこの楽日座、お客がほとんどいない上に、副支配人兼映写技師である若干後ろ向きの映画オタク・数納がいるのみという心許なさ(ちなみに支配人は失踪中)。だが、無職となった夏十にはそんな環境がむしろ刺激的で、映画に出る側から見る側でも裏方へという想定外の転換にもめげず、映画館の改造に俄然ファイトを燃やすのだった。

幸いだったのは、元女優なだけあって、夏十自身がオタク並の映画ファンだったこと。映画に詳しい上、演技の勉強で培った知識を活かし、チラシの配布、喫茶コーナーの新設など、できる範囲で次々トライする。ストーリーの中で、渋谷のアップリンクや新宿のK’s cinema(ケイズシネマ)など、衰退するミニシアター業界で生き残っている実在の劇場が出てくる。短い休憩中もトークで客をひくなど意欲的なそれらに倣ってか、愛着をもってもらうスタンスで着実に客足を伸ばしていくのだ。

仕事の充実にいつしか失恋の痛手も消え、美にこだわっていた時にはなかった、自然体の夏十。次第に、口の悪い映画オタクとばかり思っていた数納のやさしさにも気がつくようになり…。豊富な映画ウンチクに加え、恋愛小説の名手によるロマンチックな味わいも醍醐味。結局、理想の仕事も恋人も、じっくり時間をかけないとその良さは分からないのかも。