宝くじ3億円当選の『億男』が「お金で買えない幸せとは」問題を、ついに解決?

文芸・カルチャー

2015/3/6

 誰もが一生のうちに何度も妄想する、「宝くじで1等が当たったら何に使おう?」。未だに年に数回そんな妄想を繰り返すが、その内容は年齢と共に切実で現実的になって行く。例えばジャンボ宝くじを当てたとして、今の僕に散財可能な金額はいいところで数千万。残りの数億円をどうしたら有効に使えるのか、残念ながらまったくアイデアがない。実は結構皆そうなんじゃないかと思う。

 この『億男』は、「2015年本屋大賞」にノミネートされた話題作。大作が並ぶ大賞候補作品の中で、異彩を放つこの作品は、ベストセラー作家・川村元気氏待望の小説第2作。川村氏といえば、『電車男』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『寄生獣』など、数々の大ヒット作を手掛けてきた映画プロデューサーでもある。デビュー作『世界から猫が消えたなら』は、佐藤健と宮﨑あおい初共演で映画化が決まり、2016年に公開される予定。いま、大注目の川村氏の『億男』をここで押さえないわけにはいかない。

 一般人のステレオタイプである主人公の一男は、失踪した弟の借金を肩代わりし、それが原因で妻子と別居。返済のために昼夜を問わずに働き、焦燥感ばかりが募る毎日を過ごしていた。しかしある時、福引きで手に入れた宝くじが3億円の当選。喉から手が出るほど金が必要だったにもかかわらず、実際に3億円が当たったところでその使い方が解らない自分に呆然となる。そんな時に思い出したのが、ITベンチャーで大金持ちになっていた大学時代の親友、九十九であった。

 15年前「お金と幸せの答えを見つけてくる」と言い残して消えた九十九に再びコンタクトを取り、「お金の使い方」と、九十九も探していたはずの「お金と幸せの答え」について教えを請う一男。ところが九十九は、一男の3億円と共に忽然と姿を消してしまう。3億円を取り戻すため、そして九十九の真意を知るために、一男は親友と同じく「億」の財産を持つ九十九のかつての同僚のもとを巡る旅に出るのだ。

 集合住宅の押し入れに十数億円を仕舞ったまま、普通の夫と普通の生活を送り続ける女性、金を無くすために賭事に大金を投じているにもかかわらず、なかなか金が減らないギャンブラー、怪しげな自己啓発セミナーで金の意味を説き、信者からの支持のみがアイデンティティとなってしまった宗教家…など、一男の訪ねる九十九のかつての同僚たちは、皆違ったキャラクターの億万長者。共通しているのは、大金を手に入れる代償として愛情や友情、信頼などの大切な何かを失ってしまっていること。その結果彼らはそれぞれが自分なりの「お金と幸せの答え」を得ているのだが、その内容はあまりに悲しく、そして妙に切ない。

 九十九の行方を追いながら彼らの話を聞き、次第に自分なりの「お金と幸せの答え」を突き詰めていく一男。彼の心情が刻々と変わっていく様は、なぜか不思議に共感できる。お金で買えない幸せってなんだろう? そんな単純な疑問を、いつしか一男と共に考えている自分に気付く。

 これまで「億を超える金を持つ自分」など全く想像出来なかったのだが、この作品を読み、主人公に感情移入することで初めてそれを実感できた気がする。作中で引用されているソクラテスや福沢諭吉、ドナルド・トランプやビル・ゲイツなどの言葉を、「金持ちの戯言」と感じずに深く考えてしまったのだから、物語の持つ魅力は本物。僕の「お金と幸せの答え」は未だにあやふやなままだけど、考える機会を与えてくれただけでこの作品を読む価値は確実にあった。

 しかし、やはり高額当選も一度は経験してみたい、という俗な感情も消えないまま。冒頭では宝くじに纏わるトリビアもあり、雑学ネタもいくつか増えた。例えば、宝くじ高額当選の場合は鑑定期間があるとか、一千万円以上の当選者には当選者の心得を書いた冊子が配られる、とか。この先に宝くじが当たった時の参考にはなるはず…。ただ、もしそんな日がやって来たとしても、僕はきっと「大事な何か」について最初に考える気がする、きっと。

文=サイトウタクミ

億男』(川村元気/マガジンハウス)