亡くなった妻や夫、未来の子どもへ…届けることができない手紙を預かる「漂流郵便局」とは?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/21

メールより手紙の方がやっぱりいい。直筆の手紙は、本人の個性やそのときの心情が表れ、独特の味わいがあり、読み手の心に響くものだ。LINEやツイッターなどの手軽なメッセージツールが使われる昨今、手間のかかる手紙はいっそう温もりを感じられるものになっているのではないかと思う。

しかし、心が温かくなるのは、受け取る側だけではない。手紙を送る方も書くことによって、気持ちを整理し吐き出すことで、心を安定させることができるものだ。何より、気持ちを伝えたい相手に読んでもらえることは、ただ書くだけにとどまらない充実感を与えてくれる。それは、たとえ相手が実際には読むことがなくても同様らしい。

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東京藝術大学大学院に在学中のアーティスト、久保田沙耶さんが作った「漂流郵便局」。瀬戸内海に浮かぶ粟島という小さな島にあるもので、相手に届けることができない手紙を代わりに受け取ってくれるという。

「漂流郵便局」は、そもそも3年に一度開催される現代アートの祭典「瀬戸内海国際芸術祭」で、2013年に出品されたアート作品。島にあった旧粟島郵便局の建物がそのまま生かされたものだ。

手紙を出したい人は、「漂流郵便局」の住所を書き、送りたい相手である「いつかのどこかのだれか」様を宛名にしてポストに投函する。「漂流郵便局」にはちゃんと郵便局長を含む2人の郵便局員(旧粟島郵便局の元局長さんと久保田さん)が存在し、誰が誰に宛てたともわからない手紙を受け取ってくれる。漂流郵便局の消印が押されると、「漂流私書箱」というピアノ線にいくつものブリキの箱がつながれた不思議な装置に保管される。

漂流郵便局 届け先のわからない手紙、預かります』(久保田沙耶/小学館)では、この郵便局に届いた手紙を多数紹介している。

例えば、ペットに宛てた手紙には、突然いなくなったペットに対する訴えが綴られる。

「2月4日に家からいなくなってどこに行ってるの? こんな寒い中フラフラして何してるの? カギをしなかったのはブーちゃんにどっか行ってほしくてじゃないよ」

ペットが文字を読めるはずがない。でも、気持ちを形にせずにはいられなかったのだろう。そして、その想いがペットに届いたのか、ちゃんと家に戻ってきたらしい。「人の優しさに感動しました。これから人に優しく生きていこうと思います」という、感謝を表した神様宛の手紙が漂流郵便局に届いている。確かに、手紙を書かなくてもペットは戻ってきていたかもしれない。でも、手紙を書くことが不安と後悔に苛まれる心を癒してくれたに違いない。

また、がんで突然亡くなった夫に、何通もの手紙を書いた女性は、「突然この世を去ってしまった夫にいいたいことは山ほどあるけれど、(中略)でもこの漂流郵便局は、そんな想いを預かってくれる」と話す。手紙を出せば、宛先不明で帰ってくることがないから、夫に届いているに違いないと思えるのだという。出すことはなくても、手紙を書くことはできる。でも、机の中にしまったままでは、一人語りの日記と一緒だ。切手を貼る、ポストに投函する、郵便局員の手に渡る、消印が押されるという事実が確かな手ごたえになるだろう。

このほか、ボイジャー1号宛、使いつづけためがね宛、亡くなったお母さん宛、未来に生まれる自分の子ども宛、100年後にわたしと同じ本を借りる人宛、同窓会に案内したい天国の友人宛などなど、受け取られることが難しいありとあらゆる人やモノに宛てられた手紙が、ブリキ箱の中に収まっているそうだ。

ただ自分をだましているだけと言われるとそれまでだが、ときには事実よりも信じることの方がよりよく心に働きかけてくれるもの。「漂流郵便局」は、伝えることができないままどんどん淀んでいく気持ちを消化させてくれる装置と言えるだろう。

「どうせ伝わらないから」と心の奥底に抱えた気持ちがあるなら、その想いが心の澱となって知らず知らず自分を蝕む前に、手紙を認めてみてはどうだろう。「漂流郵便局」に預けた分だけ心が軽くなるかも。

文=佐藤来未(Office Ti+)