渋谷円山町、そのディープな魅力とは ―『迷宮の花街 渋谷円山町』著者と歩く

社会

更新日:2015/3/11

 往来から少し奥まったところに、ひっそりと立つ道玄坂地蔵。『迷宮の花街 渋谷円山町』(宝島社)の著者、本橋信宏さんへの取材はそこからはじまった。1997年に起きた、通称〈東電OL殺人事件〉の被害女性は、この地蔵の前で夜な夜な客を引いていたという。

 昨年発売されて話題となった『東京最後の異界 鴬谷』(宝島社)に続いて、本橋さんが歩き、歴史をたどり、浮き彫りにする対象として選んだのが、円山町。東京有数の繁華街、渋谷のなかでも、独特の趣きがある一角だ。

 明治から昭和の時代は花街として栄え、バブル期以降はホテル街として知られるようになった。いまも70軒近くのラブホテルがひしめきあっている。風俗店も多い。母乳マニア妊婦マニア御用達の風俗店や、ぽっちゃり(というか超重量級というか)女性だけがそろうデリヘル店など、ニッチな市場を狙って厳しい時代を生き抜く風俗店が、本書でも紹介されている。このようにエロスの色を濃く漂わせていた街だったが、最近は大型クラブが相継いで進出してきたため、雰囲気がまた変わりつつある。

 そんな円山町を本橋さんと一緒に歩きながら、街のディープな魅力をうかがった。

本橋さん(以下、本)「この街について書こうと思ったのは、私のなかで東電OL殺人事件がいまだくすぶりつづけていたからです。当時は事件の関係者や殺された女性を知る人たちに取材しましたが、殺された彼女の心理がどうしてもわからなくて、もう一度現場となったこの街をふり返ってみようと思い立ちました。だから私のなかでは、この道玄坂地蔵が円山町という街の象徴のひとつとなっているんです」

 取材をしたのは、冷たい風が吹く冬らしい日の昼下がり。5分立っていただけで、身体が芯から冷える。夜となればいっそう気温が下がる。しかしそんなときでも、その女性はみずからに「一晩で4人」のノルマを課してこの地蔵の前に立っていた。

 そんな場所から出発し、街を歩く。やがて見えてきたのは、いまにも崩れ落ちそうな廃屋。屋根には穴があき、目視できる範囲の窓ガラスはすべて割れている。空き家だと思いきや、本書によるとここには人が住んでいるという。

本「勝手に〈廃屋の怪人〉と呼んでいる老人が住人です。50年近くここで生きているので、街の生き字引のひとりですね。野良猫3匹もよくこの家に出入りしているようですよ。いまはこんなにボロボロですが、かつては料亭だったので、玄関には洒落た意匠がそのまま残っているんですよ」

 花街だったころの記憶は、この街のあちこちに残っている。料亭、置屋、待合の営業が許可された〈三業地〉だった円山町。いまはホテルに向かうカップルとホテルから出てきたカップルがすれ違うこの通りを、かつては粋な芸者さんや遊びを知っている男たちが行き交っていた。

本「あ、鈴子姐さん!」

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