44歳音楽ライターが、出版不況のためコンビニでバイトを始める ―オバちゃん、油、ときどきふれあいの成長エッセイ

文芸・カルチャー

2015/3/19

心配性で虚弱体質の音楽ライターが、出版不況のため40代半ばにしてコンビニでアルバイトを始める、という切実でリアルなエッセイが発売された。『おでんの汁にウツを沈めて 44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(和田靜香/幻冬社)だ。作者によるイラストも、ユーモラスな文章を引き立てている。

自宅から歩いて5分のコンビニへ、時給850円のバイトの面接に出かける作者。ウツウツ落ち込みがちな彼女がようやく一歩踏み出せた背景には、あるきっかけがあった。多くの男性を虜にして殺人を犯していった女詐欺師について、不謹慎ながら「マメだね」と感じてしまったのだ。「悩むよりも動け」という言葉がひらめき、バイトを始めることとなる。

面接に出てきたのは美人の店長。樋口可南子似で、お客さんの中にはファンも多い。作者は彼女を「マダム店長」と心の中で命名する。「できるオバちゃん」「かわいいオバちゃん」「おしゃべりオバちゃん」「ロックオバちゃん」と、次々に仲間となるメンバーも紹介される。コンビニバイト生活の幕開けである。

緊張と忙しさで混乱してしまうレジ打ち、油まみれになってアメリカンドッグやから揚げを揚げまくる作業、面倒な宅配便やメール便、トイレ掃除に品出し…と、コンビニ店員の仕事は多岐にわたる。語り口こそ読みやすいが、物事を細かく観察してつぶさに記録する文章が光る。

作者の観察眼がさえ渡るのは、なんといってもお客さんの描写だ。老若男女が集まるコンビニで、見たこと、感じたことが素直に描かれている。笑いながら読める一方で、ふと、コンビニ客としての自分の日頃の行いについても反省させられる。

コンビニも店によって多種多様だが、何よりも「うちの店」をこよなく愛するマダム店長やパートのオバちゃんたち。その前向きでたくましい生きざまに影響されて、作者は変わってゆく。安定剤を飲みながらも必死でレジに立ち、労働の大切さを実感する場面では、エールを送りたくなる。

東日本大震災の翌日も店に出て、未曾有の忙しさに翻弄されたエピソードからも、切々と伝わってくるものがある。いつもは喋らないお客さんも口々に不安を漏らしていき、地域に密着したコンビニは「会話の場」として、重要な役割を果たしていたのだ。

ウツウツ状態には体を動かすことは効果的だと言われるが、いざ踏み出すのはなかなか大変だ。家に閉じこもっていると、ついつい物事を悪い方向へと考えてしまい、ウツウツが増大することも少なくない。身を粉にして働いていくうちに自然とウツウツがなくなる作者が、身をもってそれを証明してくれている。どこにも所属も通勤もしないフリーライターという職業は、のらりくらりと生きてしまいがちだが、「世の中の大半の人は、こうして身体を使って、忙しく働いているんだなぁ」と気づく作者にハッとさせられる。「人生は修業、また旅に出よう」と力強く終わる本書。読後感は爽快だ。

文=川澄萌野