殺処分寸前だった、下半身不随のセラピー犬・シャネル。フォトブック発売前に息をひきとる

文芸・カルチャー

2015/3/19

日本では、年間15万匹以上もの犬や猫たちが殺処分されている。過熱するペットビジネスと無責任な飼い主たちのエゴの犠牲者の数だ。その一方で、様々な事情で飼い主と別れたり、殺処分されそうになった犬たちが引き取られ、「アニマルセラピー」の現場で活躍しているという。

フォトエッセイ集『下半身動かぬセラピー犬シャネル 緩和ケア病棟の天使たち』(青木健:監修、国見祐治:写真、長尾和宏:解説/ブックマン社)には、アニマルセラピーの現場で生まれた、人と動物の優しい世界がある。

アニマルセラピーとは端的に言えば、「人が動物と触れ合うことで癒やしを得る」ことだ。可愛い動物にふれることで、心が安らぐ、ただそれだけのことだが、病は気からの言葉が示すように、その精神的効果は医療関係者からも注目されている。

がんの末期の方達が入院する緩和ケア病棟に、日本で初めて「ドッグセラピー」を本格的に導入したのは、名古屋掖済会(えきさいかい)病院だ。がん治療における緩和ケアが重要視される昨今だが、セラピーの当初の目的は「看護研究」…つまり、医療スタッフのストレスケアにあった。日々人の生死と向き合い、激務で疲弊している看護師たちの癒やしのためにと、同病棟に勤務する江口しのぶ看護師が発案し、病院側の理解もあって実現したものだった。

中部アニマルセラピー協会から、月1回のペースで、セラピー犬たちが緩和ケア病棟にやって来るようになったのは、2011年のこと。当然、犬嫌いのスタッフも患者もいたが、優しく愛らしい犬たちの姿は、多くの人たちを癒やし、受け入れられてゆく。

その中に、人気のゴールデンレトリバーがいた。彼女の名前はシャネル。動物とのふれあいが重要なドッグセラピーでは、「人が抱っこができる」小型犬のほうが好まれる。しかし、シャネルには「特別な笑顔」があった。犬が意識的に笑うなんて信じられないかもしれないが、シャネルの表情は本当に「笑っている」ように見えるのだ。しかも、飼い主の青木健氏は、「自分が嬉しい時ではなく、寂しそうな相手に喜んで欲しいから」笑っているようだった、と述懐する。江口看護師も、「シャネルは自分からスタッフの詰所に挨拶をしに来てくれたり、具合の悪い患者さんの個室を訪問して添い寝したりと、自分が求められている場所を察する力を持っていた」と思い出す。

以前は、ドッグショーでモデルをしていたシャネル。その優雅な姿、穏やかで人懐こい性格も相まってシャネルは病院中の人気者となり、ドッグセラピーも評判となった。

だが3年前――シャネルの下半身が突然麻痺し、動かなくなってしまった。神経が次第に働かなくなり、やがては死に至る難病だった。高齢のシャネルを、安楽死させるという選択肢もあった。けれど、周囲のみんなは、シャネルが生きることを望んだ。動かない足を引きずり、それでも優しく微笑むシャネルに、どれだけの人々が癒され、勇気づけられたことだろう。善意で寄せられた犬用の車椅子を装着したシャネルは、ますます頑張った。仲間のセラピー犬たちと一緒に。

殺処分されるはずだった犬たちが、どれだけの笑顔をもたらしたことだろう。患者さんたちの腕の中で写真に収まるセラピー犬たちの穏やかな表情に、小さなため息がこぼれる。
「さいごまで、与えられた命を生きたいのは、猫も犬も、人だって一緒だと思う」
写真に添えられたこの一文が重い。人の都合で売り物にされ、飼育され、そして放棄されて、処分場に送られた犬や猫たちにだって、命があるのだ。

本書に登場する犬たちは、セラピー犬となることで、もう一度生きることができた。人から必要とされ、愛されることで、きっと彼らも癒やされ、元気になったのだと思う。寂しい誰かを癒やすためだけじゃない。生きる喜びが、シャネルや犬たち自身を笑顔にしたのだと信じたい。

セラピー犬のように、不幸な動物たちを生かし活かすための試みが、もっともっと広まってほしいと思う。1つでも多くの命が生きる喜びを感じられるよう、願ってやまない。

今年の1月、シャネルは本書の出版を待たずして、長い生涯を終えた。多くの人々に見守られた彼女の最期は「平穏死」だった。天国へ旅立ったシャネルの横顔は――笑顔に見えた。
あなたの身近にいる動物たちは、笑っていますか?

文=水陶マコト

■『下半身動かぬセラピー犬シャネル 緩和ケア病棟の天使たち
(青木健:監修、国見祐治:写真、長尾和宏:解説/ブックマン社)