「ひたすら自分の職務をまっとうする」という新しいヒーロー像――日本SF大賞受賞『オービタル・クラウド』藤井太洋氏インタビュー

文芸・カルチャー

2015/3/22

 本好きの読者であれば、書店に足を運ぶだけでなく、Amazonや電子書籍のKindle ストアなどを利用したこともあるだろう。

自費出版、しかも処女作にして、Amazon.co.jpの2012年Kindle本・年間ランキング小説・文芸部門で1位を獲得したSF長編小説『Gene Mapper -core-』(ジーン・マッパー・コア)という作品があったのをご存知だろうか。これは、2012年7月に発表されたもので、すべてiPhoneで執筆。表紙デザイン、広告、Kindle ストアへの登録もすべて1人で行った藤井太洋氏は、当時ソフトウェアの会社に勤めるサラリーマンだった。

同作品、一時は紙の本を押しのけて1位を獲得したことも。そのため出版社も気にするところとなり、2013年4月に早川書房から改訂して出版されることになった。

そして、商業出版物としての2作目が、本記事で取り上げる『オービタル・クラウド』(早川書房)だ。会社員を辞めてからの、また3人称での執筆第1作目となるこの作品で、2015年の「第35回日本SF大賞」を堂々受賞したのである。

同作品の内容や受賞につながったと思われる点、また藤井氏が何をきっかけに執筆を始めたのか、作品作りで注意している点は?――このような疑問をぶつけてみた。

今までにないヒーローたちが紡ぎだすエンターテインメント


――日本SF大賞受賞、おめでとうございます。藤井太洋氏(以下藤井)「ありがとうございます」

――藤井さんが「『オービタル・クラウド』が第35回日本SF大賞を受賞しました。」とTwitterでつぶやかれたとき、わたしも心の中で「グッ」とサムズアップをしていました(笑)。受賞されてのご感想をお聞きできますか。

藤井 「自分でも驚いています。それから、嬉しさが込み上げてきました。小説を書き始めてからまだ3年を超えたところ、キャリアも書きためた原稿もないところからのスタートでしたので、こんなに早い段階で大きな賞をいただけた、というのが純粋に嬉しいですね。わたしの場合、電子書籍がデビュー作でしたから、誰かに“帯”を書いてもらうことができなかったですし、『Gene Mapper-full build-』や『オービタル・クラウド』が紙の書籍で出版されても、“○○新人賞受賞作家!”などという肩書のようなものもありませんでしたしね。今後はそのような紹介文を帯に書けるというのが嬉しいです」

――なるほど。今後、オービタル・クラウドにも帯を巻けますね。

藤井 「そうなんですよ。今度は帯付きで書店に並び、多くの人に読んでもらえる機会が与えられたというのも、受賞して嬉しかったことの1つですね。やはり、自分の作品をできるだけ多くの人に読んでもらいたいという気持ちがありますから」

――日本SF大賞は、1年間に世に出されたSF小説だけでなく評論やマンガ、アニメ、ゲームなども含んだ作品の中から選ばれるものですよね。数にしたら相当数だと思うのですが、その中から選ばれ大賞を受賞されました。どんな点が評価につながったと思いますか?

藤井 「うーん……同時受賞された長谷敏司さんは“今までにないヒーロー像”というのを挙げてくださいましたね」

――つまり、それが新鮮だったと?

藤井 「僕は新鮮さで受賞したわけではないと考えています。この小説の登場人物は、主人公の木村和海をはじめ、みんな“正義感”ではなく、自分のプロフェッショナリティに忠実である、というのが動機になっている。言ってみれば、この作品は“仕事小説”なんですよね。そこからでも純粋なエンターテインメントが紡ぎだされました。そのエンターテインメントの力が受賞につながったと、自分では感じています」

――仕事小説ですか……新しいですね。藤井さんの以前の職業も、この作品作りに関係していますか?

藤井 「大いに関係していますね。特に外部の人間とやりとりするタクミの仕事ぶりなどは、取材をする必要がないほどでした。それに、この作品の登場人物にはそれぞれモデルがいるんですよ」

――えっ!? そうなんですか!? それはぜひともお聞きしたいところです。

藤井 「ふふふ」

――あ、はぐらかされた気が(汗)

藤井 「エンターテインメント性といえば、1950年代から1970年代にかけては、わくわくするようなSF作品が多かったと思うんです。まだまだ科学技術は進歩の余地があって、その進歩が誰の目にも明らかな時代でした。現在はヒッグス粒子のようなものを解明するために巨額の費用が投じられていても、実際に行われていることとその意義は分かりづらい。宇宙ステーションが僕たちの周りを回っているけれど、そこで何がなされているのか、生々しいほどに情報を得られるものだから、夢が描きづらくなっている。近すぎる、ということでしょうかね。それに、ITも発達しています。作品内に矛盾や調べ足りない点があれば、“科学的にそれ、おかしいよね?”とすぐにツッコミも入るから、科学技術を中心に据えたフィクションを書くには、窮屈な時代だと感じる人も多いのではないかと思います。それでも、あの頃のようなワクワクできる小説は書けると思っています。事実、『オービタル・クラウド』は2020年という、今とほとんど変わらないテクノロジーを使っている物語ですけど、後半に向けてのスピーディーな展開は、それを実現できたのではないかと思っています」

小説家になったきっかけ――東日本大震災

――作家活動を始めてまだ3年を超えたところ、ということですが、会社勤めをしながら、小説家になれる機会をずっと探していたのでしょうか?

藤井 「いいえ。iPhoneで『Gene Mapper -core-』を執筆するまでは、小説家になることなど考えてもいませんでした」

――なんと! では、あれが本当に“書き始め”だったんですか! 一体どんなきっかけで小説を書こうと思われたのでしょうか。

藤井 「東日本大震災がきっかけでした。あの震災の時、原発関連のさまざまな憶測が飛び交っていました。テレビやラジオでさえ、科学的な根拠に基づいた報道をしていないように思え、歯がゆさを感じていました。自分にできることはなんだろう? どうやったらプロフェッショナルな人たちのように強い言葉を伝えられるだろう? そう考えた時に、科学のトレーニングを受けたわけではない自分が、共同作業を伴わずにできるのは小説を書いて世の中に発表することだ、という結論に至ったわけです。ただ、小説の書き方も知らなかったので、本当に見よう見まねで始めましたね。ある程度書けたところで友人に見てもらったところ“これ、ハードボイルドだね。一人称が効いてる”と言われ、そこではじめて人称のルールを勉強して、それにそぐわないところを洗いなおして……というような状況だったので大変でしたけど(笑)」

――それでもあのクオリティというのが驚きです。

矛盾が、ない

――ところで、藤井さんが作品作りで大切にしていることはどんなことでしょうか。

藤井 「それは、何度も書いていることを色んな角度から見ること、ですね。そのために、何度も何度も見直します。そして、印刷して、実際に赤ペンで推敲していくんです。話がきちんと連続しているかとか、語尾が連続していないか、文章のリズムはどうか、など編集のような作業もしていますね。これはだいたい、朝行うんですけどね。それからこのようなプロットシートに、それぞれの現場で起きていることを時系列に書き起こしていって、話に矛盾がないように気を使います」

何度も見返すため、シミも付いている

――絵もありますね。

藤井 「そう。これは作中に出てくる企業のロゴを描いてみたものです。こうやっていろんな方法で確認してるんです」

――ほかの作家さんもこのような作業をされているのでしょうかね?

藤井 「どうなんですかね。ほかの方のことは分からないもので……」

――先ほど、赤(ペン)入れは朝行う、とおっしゃっていましたが、それはより読者目線に立つために、書いた文章を一晩寝かせている、ということなんでしょうか?

藤井 「一晩寝かせる必要は、特にないと思っています。それより、僕の場合、サラリーマン時代のように朝10時から夜8時までを仕事の時間に充てたいんですね。まあ、子どもができましたから、これからはどうなるかは分からないんですけど(笑)。で、朝から作業をするのに重たいものは持ってきたくない。赤入れならある程度は機械的にできるので“確実に”作業できます。そんなわけで、朝の作業にしているんですよ」

――なるほど。いわゆる、暖機運転のようなものですね。

藤井 「そんな感じですね」

――既に次回作『アンダーグラウンド・マーケット』の発刊も決まっていますよね。大賞受賞後すぐの作品なので、プレッシャーがあったのではないでしょうか?

藤井 「もう、書き終えて僕の手を離れてしまった作品ですからね(笑)。でも、前作を超えるものになってくれたらとは思います。プレッシャーは、これから書き始める作品で感じると思いますよ?」

――が、がんばってください……。最後に、読者にメッセージをいただけますか。

藤井 「『オービタル・クラウド』は、SF的な要素を含んでいますが、スリラーとして、広い読者を想定して書いた作品です。20日に発売される『アンダーグラウンド・マーケット』は東京オリンピック直前、今より格差が広がっている東京を舞台にした作品ですから、身近に感じてもらいやすいものだと思います。そして『もてるものを武器にすればきっと生きて行ける』というメッセージを含んでいますので、耐え難い現在を生きている人にこそ、これを読んでいる間だけでも爽快感を得て欲しい、と思います。どちらの作品も、自分の専門性を活かすことで道を切り拓いていける、そういう内容になっていますので、SFの苦手な読者にも、ぜひ楽しんでもらいたいと思います」

――どうもありがとうございました。

取材・文=渡辺まりか

科学技術と向き合うためのSF ダイレクト・パブリッシングからスタートした作家・藤井太洋さんのストーリー