[カープ小説]鯉心 【第二話】か、カープ女子…?

スポーツ

更新日:2015/4/24

カープ小説

◆◆【第二話】か、カープ女子…?◆◆
 

【あらすじ】
文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載することになったフリー編集者の美里。熱狂的カープファンのちさとに出会い、これまでの人生で縁のなかったプロ野球の世界に入り込んで行く。2015年カープと共に戦うアラサー女子たちの未来は果たして…?

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28歳の横山美里は現在、フリーランスの編集者として働いている。

都内の大学を卒業後、中目黒にある小さな編集プロダクションに就職し働いていたが、2年前に会社を辞めた。校正や校閲などの地味な仕事が多く、もっと自分のアイデアを形にしていく仕事がしたいと思った。同業他社に比べると労働環境は良い方で、体力的にキツいと感じることはほとんどなかったが、美里はそれも嫌だった。このままぬるま湯に浸かっていてはどんどんダメになっていってしまう。そんな気がして、思い切って会社を辞めた。

とはいえ出版不況のこのご時世、フリーランサーが食べていくのは簡単ではない。今も古巣から仕事をもらいながら、少しずつ新しい仕事を増やしている。

そんな美里に思わぬチャンスが訪れたのは、2週間前の水曜日のこと。

美里はその日、クライアントである角山出版のオフィスにいた。1年ほど前から老舗の文芸誌『ミケ』の外部スタッフとして編集のサポートをしたり、たまに自分で記事を書いたりしている。

毎週水曜日に外部の編集スタッフやライターも参加して行われる編集会議の後、編集長の夏子が美里に声をかけた。

「横山さん、今ちょっといいかしら。相談というか、オファーがあるんだけど」
「あ、はい!」

オファー? 何だろう…?

二人は会社の受付前にあるラウンジスペースに移動して、丸テーブルに向かいあって座った。

「実はね、昨日思い付いたアイデアなんだけど、ウチのサイトで小説を連載してもらえないか思って」
「え、小説ですか?!」

美里はこれまで、他のライターの原稿を編集したり、単発の企画を担当したりはしてきたが、連載を持ったことは一度もない。ましてや小説なんて、自分が一番書きたかったものだ。

フリーランス3年目にして訪れた大チャンス!
これまでの地道な頑張りは無駄じゃなかった!

興奮気味の美里を見て、夏子が言った。

「あのね、カープ女子の小説を書いて欲しいの」

か、カープ女子…?

美里は思わず、どもってしまった。

「カープ女子って、えっと… 広島カープの、あのカープ女子ですか?」
「そうよ。広島カープのカープ女子よ」

去年ニュースで話題になっていたから、知っているには知っている。とはいえ私は、別にカープファンではない。というか、そもそも野球に興味がない。

「あの、私野球全然わからないんですけど…」
「大丈夫。うちは別にスポーツ紙じゃないから」

夏子がすかさず切り返す。

「ほら、カープ女子って、結構ブームになったじゃない? 何かが世の中の注目を集めるときっていうのはね、時代がそこに何かを見出してるってことなの。全てのブームには理由があるのよ」

全然意味がわかりません、という美里の表情を見て、夏子が続ける。

「去年の流行語大賞、知ってる? 壁ドン、マタハラ、ありのままで、それからカープ女子。これって全部、女性の生き方というか、ライフスタイルに関する言葉なのよね。世の中は今、女性の生き方に興味津々なのよ。そこで横山さんにぜひ、カープ女子の日常というか生き様みたいなものをね、若い女性の目線で描いて欲しいと思って」

自分が若い女性と認識されている事実に、美里は少し安堵する。
でも、何で私なんだろう…?

美里の心を見透かしているかのように、夏子が続ける。

「ほら、横山さんは若い割には、ちゃんと地に足がついてるじゃない? そこがいいと思って。世の中はブームにただ乗っかったり、表面的な部分だけを見てあれこれ語ったりするけど、横山さんならもっと深く掘り下げて、面白いものが書けると思うの」

そう言われて、美里は一気に自信が出てきた。そもそも、こんなチャンスはそうそうない。美里の中に、断るという選択肢はなかった。

「ありがとうございます。ぜひ、やらせていただきたいと思います」
「ありがとう。あんまり肩肘張らずにやってくれればいいからね。ところで横山さん、野球どれくらい知らないの?」
「え? どれくらいって、ええと…」
「じゃあ、去年までアメリカで活躍してて、今年カープに帰ってきた選手知ってる?」
「あ、その人はこの前ニュースで見ました。ええと、ええと… 松坂?」
「じゃあ、頑張ってね!期待してるから!」
「ええ?!あ、はい…」

夏子はさっと立ち上がって、自分のデスクへと戻っていった。

カープ女子の小説、かあ…

とりあえず、カープ女子を探して取材する? というか、カープ女子ってどこにいるんだろう? 球場? そもそも東京にいるの? 広島? うーん…

「あの… これ、よかったらどうぞ」

ひとり難しい顔をしていた美里を見て、隣の丸テーブルで何かの資料を読んでいた男性が急に立ち上がって声をかけた。美里に手渡されたのは、ポケットサイズのプロ野球選手名鑑。

「あ、ありがとうございます」

週に2度は本屋に行く美里だが、こんなもの目にとめたこともない。パラパラと適当にページを開いてみると、ちょうどカープの選手紹介ページが出てきた。小さな文字でたくさん数字が書かれているけど、何が何だかわからない。選手の顔写真もみんな何だか野暮ったいし…

本を閉じようと思ったそのとき、ある選手のプロフィールが美里の目にとまった。

「黒田博樹。8年ぶりに日本球界復帰」

あああ!そうだ黒田だ!黒田!

美里は本を閉じて立ち上がり、再び資料に目を通していた男性に聞いた。

「あの、これ、どこで売ってますか?」
「え? あ、普通に本屋で売ってると思いますよ。あの、もし良かったらお貸ししますけど」
「あ、いえ、大丈夫です。買います。ありがとうございます」

美里は選手名鑑を男性に返し、会社を出た。駅までの道をゆっくり歩きながら、これからのことを考えた。

どんなテーマであれ、バイネームで小説を連載できるなんて大チャンスだ。しかも、ウェブとはいえ、業界では名の通った文芸誌で。これがもし上手くいって実績になれば、今よりもっと仕事を選べる立場になるはず。そうしたらもっと自分が好きなこと、書きたいことを書けるはず。生活だって今よりは余裕が出るはず。少し落ち着いたら、お気に入りのあのカフェで小説を読み漁ろう。たまに足を伸ばしてローカル電車の旅もしよう。で、その旅をもとにまた小説を書いて… え、それ最高じゃん!うわー、それ最高に楽しい!1日も早くそれやりたい!神様、私頑張るから!

美里は、いつも使う地下鉄の出口をとっくに通り過ぎていた。

(第三話に続く)

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イラスト=モーセル
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【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」
【第三話】「いざ、広島へ出陣!」