“発信力”が問われるアイドル群雄割拠時代と生き残りの秘訣を書籍から読み解く【後編】

更新日:2015/3/28

   

 戦国時代を経て、過渡期を迎えたアイドル業界。【前編】では、アイドルという世界の中で生きる人たちの書籍を紹介してきた。今回はその世界を外から見守る人たち、識者や専門家、ファンが本を通してどのようにアイドルとその周辺を描いているかを元に、その概況へ迫っていきたい。

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“現場視点”とファン目線の両輪で支持される識者・専門家の関連本

 かねてよりアイドルという世界は、アカデミックな視点からも注目を集めてきた。研究領域に据えられる機会も少なくなかったが、古くからの歴史を辿ると、その多くは「サブカルチャー」という文脈の中で、アイドル自体の存在意義、つまり「アイドルとは何か」を言及するものがめだっていた印象もある。

 一方、近年ではアイドルを大きな一つの市場ないし産業としてみる傾向が強い。2010年に発行された『AKB48の経済学』(朝日新聞出版)は、これまでも韓流や映画などを経済学と紐付けてきた経済学者の田中秀臣がまとめた一冊だ。デフレ下の日本を舞台に、AKB48から分析される若者の消費傾向にもとづいて当時からみた日本経済の現状や行く末について論じた内容になっている。

 しかしながら、アイドルを題材として学問の範疇で語り始めると、強い批判にさらされるケースも少なくない。その理由の多くはおそらく、“現場”の空気感が含まれていないからである。流行を追いながら、さらに掘り下げるというのはマスコミ、学問領域に与えられた役割でもある。しかし、安易な理由でテーマそのものへ近づいたり、目に見える情報のみに頼りまとめられたものを、熱狂的なファンたちはすかさず見抜く。

 その点、経済産業省の現役官僚である境真良の著書『アイドル国富論 聖子・明菜の時代からAKB・ももクロ時代までを紐解く』(東洋経済新報社)は、日本経済を軸に据えながらも、好意的な反応を集めた異例の書籍である。あーりんこと佐々木彩夏推しのモノノフを自称する著者は、格差社会における中流階級層を“ヘタレマッチョ”と称して、過去から現在に至るまでの経済史をアイドルと共に紐解き、さらに、自身の立場を活かしてグローバル経済下における国家政策まで言及している。

 では、アイドルというキーワードで括った際に、近年の王道ともいえる関連本はどんなものか。2010年以降に出版された書籍で、目立っているのはももクロの存在である。華やかな舞台で整ったパフォーマンスを魅せるというアイドルのイメージを壊し、局面ごとに目標を声高に叫び、大舞台へ羽ばたくまでの過程を物語に昇華した衝撃は大きく、グループやメンバーそれぞれの個性を明らかにしたそのスタイルは、後続する多くのグループにも多大な影響を与えた。そのためか、一時期はその存在を掘り下げるために多数の本が出版された。

 その中でも、比較的評価が高かったのは『ももクロの美学〈わけのわからなさ〉の秘密』(廣済堂出版)である。美術研究者の東大准教授・安西信一が手がけた一冊だが、デビューから2012年の紅白出場までの歴史をたよりに、楽曲やステージ、社会における彼女たちの存在を膨大な文献や資料から、ていねいに紐解いている。

 一方で、音楽に特化した分野からアイドルに真っ向から取り組んだ書籍はやや少ない印象もある(ボーカロイドを扱ったものは散見される)。批評家・佐々木敦の『ニッポンの音楽』(講談社)では、日本の音楽市場に欧米の影響が少しずつ波及してきた1960年代からの歴史を振り返ると共に、小室哲哉やつんく♂、中田ヤスタカ登場までの変化が浮き彫りにされている。特に、YMOへの思いを巡らせつつ、DTM(PCなどデジタル端末により音楽を作ること)全盛となった現代までの流れを整理している点については、EDMが主流となりつつあるアイドルの音楽シーンを考える上での大きなヒントになりうる。

“好き”は何よりも武器。思いを形に変えたファン発信の関連本も多数本

 アイドルの実情を伝える。彼女たちの主戦場がテレビや雑誌だった時代には、業界関係者や評論家などがその役割を担っていた印象も強い。しかし、ブログやSNSなどの個人発信できるメディアが増え、瞬間的にステージで輝くライブという名の“現場”が重視される現代においては、ファンの目線を取り入れた、時に生々しい情報を求める傾向も強い。

 みずからもアイドル業界の一角を担う立場であり、DD(アイドルファン用語で『誰でも大好き』)を自称する風男塾の浦えりかが監修した『グループアイドル&ヲタ あるある』(新紀元社)では、ファンなら思わずうなずいてしまうようなネタの数々が披露されている。綿密な取材を元にしてアイドルの内外からの証言を、あるあるとしてまとめている。

 また、ももクロの歴史をたどるにあたり、局面ごとの発言をまとめた『ももクロことば祭り―ももいろクローバーZ全力発言集』(太陽出版)は、まさにファン発信の典型例だ。出版当時のプロフィールによれば「本業はフリーのSE」と称する著者・吉池陽一が、デビューまもない路上時代から2012年後半までの活動におけるメンバーそれぞれの発言を引用。感想や考察を交えた展開となっている。

 さらに、近年ではアイドルを好きな気持ちが講じて、みずからアイドルをプロデュースしようという動きもみられる。モノノフからゆるめるモ!のプロデューサーへ転身した田家大知は、フリーライター・大坪ケムタとの共著で『ゼロからでも始められるアイドル運営 楽曲制作からライブ物販まで素人でもできる!』(コア新書)を出版。ファンと運営の双方を経験したという貴重な経験を元に、時間やコストといった現実的な側面、人間としての情緒的な部分も織り交ぜながら、その実態を伝えている。

 加えて、近年では芸能界でも「アイドル好き」が本人のキャラクターを象徴する場合も多い。例えば、かねてからアイドルファンとして知られるクリス松村は『「誰にも書けない」アイドル論』(小学館)を出版している。内容は歌謡曲全盛の時代に思いを馳せつつ、記憶やみずから収集した膨大なコレクションを頼りに80年代までのアイドル史を振り返っている。昨年、2014年に発行されたものだが、編集者から「『アイドル論』を求められた」という背景には、現代のアイドルブームが寄与しているとみていい。

 さて、前編・後編にわたりアイドルの世界をテーマにした本を多数紹介してきた。周辺を取り巻くキーワードは実に多種多様である。その中でも、従来のマスメディアが主導だった時代を抜けて、ライブが主戦場となり、ブログやSNSなどの個人メディアによる情報発信もウェイトを占めるようになった今、アイドル本人たちの“発信力”が重要になってきた事実が改めて垣間見えた。

 今年3月、惜しまれつつも“無期限活動停止”となったグループ・Berryz工房の楽曲には、現在のアイドル界をズバリと言い当てた歌詞がある。「猫だって 杓子だって 名刺を作れば即アイドル」。群雄割拠の時代、生き残りをかけた彼女たちは今日もまた、それぞれの個性を発揮させながら戦い続けているのだ。

 ただ、今回の記事を手がける中で一つの疑問が浮かび上がってきた。「アイドルとは何か」という時代ごとに語り継がれてきた命題である。それについては、特集の区切りとして【総論】でまとめてみたい。

取材・文=カネコシュウヘイ

特集「メディア化する超(スーパー)アイドル。」


“発信力”が問われるアイドル群雄割拠時代と生き残りの秘訣を書籍から読み解く【前編】
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