映画『王妃の館』公開記念SP対談 浅田次郎×水谷 豊
更新日:2015/4/6
©浅田次郎/集英社 ©2015「王妃の館」製作委員会
映画『王妃の館』
原作/浅田次郎『王妃の館(上・下)』(集英社文庫) 監督/橋本 一 脚本/谷口純一郎、国井 桂 出演/水谷 豊、田中麗奈、吹石一恵、尾上寛之、青木崇高、中村倫也、安達祐実、山中崇史、野口かおる、緒形直人、石橋蓮司、安田成美、石丸幹二ほか 4月25日(土)全国ロードショー
●「王妃の館」に泊まるワケありパリツアーに参加したのは、天才小説家・北白川右京(水谷豊)を含む、やはりワケありな男女11名だった。ロケによるパリの風景、右京の紡ぐ17世紀フランス・ルイ14世とその寵姫ディアナをめぐる愛の物語の世界等、圧巻の映像美にも注目!
(左)浅田次郎
あさだ・じろう●1951年東京都生まれ。『地下鉄に乗って』で吉川英治文学新人賞、『鉄道員』で直木賞、『壬生義士伝』で柴田錬三郎賞など受賞歴多数。近著にエリート商社マンの人生を描く『ブラック オア ホワイト』。
(右)水谷 豊
みずたに・ゆたか●1952年北海道生まれ。『傷だらけの天使』『熱中時代』で人気を不動のものに。15年目に入る刑事ドラマ「相棒」シリーズは新たな代表作となる。映画『HOME 愛しの座敷わらし』『少年H』の主演も話題に。
──水谷さんは小説『王妃の館』を読んで、次回作は「これだ!」と思われたそうですね。
水谷:はい。若い時からいつかコメディをやりたいと思い続けていたというのもありますし、『少年H』という妹尾河童さん原作の戦争時代の映画をやった後だったので、次はコメディタッチのものを思い切ってやりたいと思っていました。プロデューサーの方たちにそのことを言って、みんなで原作を探しましょうということになったら、最初に「まずこれ読んでみてください」と渡されたのが『王妃の館』でした。僕はもともと浅田さんの作品が大好きでたくさん読んでいたんですが、実は『王妃の館』は読んでいなかったんですよ! 読み始めたらもう虜になって……。僕が演じた小説家の北白川右京も、ほかの旅行者も面白いし、物語の仕掛けも面白い。これに出たいです!と言いました。
浅田:僕はこの小説が映画になるなんて考えたこともなくて。本当に寝耳に水でした。ほかの小説の間違いじゃないかなって思ったくらいにびっくりしましたね。
水谷:確かに、映画にするには困難なことがいくつかありそうだな、とは僕も思いました。舞台はパリですし、登場人物も多い。おまけに右京が書く小説は17世紀・フランスのルイ14世とその寵姫ディアナを描いた物語。それらが交差する物語の展開をまとめるのはとても難しい。これを映画にできるものなのかな、本当に?と思いました。
浅田:普通に考えれば不可能ですよねえ(笑)。でも実際映画を観てみたら……拍手ですよ。あんなに長い話を、短く、きれいに2時間の中で観せてくれて。
水谷:ありがとうございます。浅田さんにそう言っていただけると嬉しいですねえ。90年代からずっと浅田さんの作品を読んでいて「やってみたいなあ」というものが沢山あったんです。でもどんどん映画化されていくのに、僕はずっとご縁がなくて。ずいぶん悔しい思いをしてきたんですよ。なので今回は念願が叶いました。
浅田:水谷さんはもちろん、キャストの方全員が私の作品に初出場、という感じですよね。
水谷:そうだと思います。
浅田:僕はコメディもいっぱい書いてるんですけど、そういう作品が映画になったのも初めてなんじゃないかなあ。でもコメディでありながら、感動しますよねえ。最後のミュージカルシーン、とてもよかったです。
水谷:そうですか! 嬉しいです。
浅田:水谷さんの役柄には驚かされました。なるほど……この話をこうまとめたのか……!と。
水谷:そうですねえ。自分の中では「あの感じ」だったので。僕としてはしめた!と思いましたよ。小説を読んでいて、小説家の北白川はもちろんやりたいと思いましたけど、旅行会社の社員の役だってやってみたいし、もし女性だったらあの人もやってみたい……といろいろ思っていたんですよ。お話しできないのが残念ですが、是非楽しみに観てもらいたいです。面白い話というのは、そういう気持ちにさせるんですよね。
下巻はずっと「おかっぱ」のイメージで読んでいました(水谷)
──北白川右京は映画ではおかっぱ頭に色鮮やかな服、とかなり奇抜な風貌をしていますが、水谷さんご自身の発案だったそうですね。デザイン画をお描きになったそうで。
水谷:そうなんです。原作を読ませていただいている時から、僕はあの姿をイメージしながら読んでいました。下巻では、もうずっとあれです(笑)。
浅田:わははは(笑)!
水谷:小説家だから「こうでなければいけない」というものはないだろう、とは思っていましたね。観ている方はおそらく最初はびっくりするかもしれないけど、途中から起きている出来事の面白さが上回っていくだろうなと思っていましたから。そのうち気にならなくなるだろう、と。
浅田:観ていて、まさにそうでしたね。映画を観る前、最初に右京の姿を見た時は「わあ!」とは思いましたけど、小説家っていうのは浮世離れしている人が多いので、そういう意味では驚かなかった。
水谷:(笑)。
浅田:奇抜な格好の小説家もいっぱいいますからねえ。そういう人と一緒にいると、楽ですよ。そちらが注目されるので。
──浅田さんはご自身のことを変わっていると思われます?
浅田:うーん……トーマス・マンはね……急に小説家みたいなこと言いますけど(笑)、彼は、「小説家は銀行家のような姿をしていなければならない」と言ったんですよ。それを聞いて確かに、と思うところがあって。小説家って嘘ばっかりつく仕事でしょう。そうすると、本人自身が嘘つきだろうが悪人だろうが変わったヤツだろうが、スタイルはちゃんとしていないとまずいと思っていて。だから僕は、たいがいスーツか着物を着ている。トーマス・マンに呪われているんですよ(笑)。
水谷:なるほど、なるほど。
浅田:小説家って本当に嘘つきなんだから。書いてるものはもちろん嘘だけど、本当は、普段から喋ってることも全部嘘なんだよ。そうやって嘘をつく修練をしていないとね。例えば本当は散歩に行ってきただけなのに、さも買い物しに行ってきたような顔をして家に帰ってきたりね。
水谷:俳優みたいですね(笑)。
浅田:役者さんていうのも、嘘の世界に生きていますよね。
水谷:全くその通り。けれどそこに何か、真実のごとき世界が現れたりするんですよ。これが面白いところで。別次元の真実を作ってしまいますから。小説ももちろんそうで、その嘘の中にある真実に、読者は泣いたり笑ったりしちゃいますものね。僕も浅田さんの嘘にどれだけ笑わされて泣かされていることか!
浅田:ありがとうございます。
期日に向けて、アンテナの電圧があがっていく(浅田)
水谷:〈裏返る〉というこの小説の仕掛けは、意識と肉体、人間がほかの生物にはない、二面性を持っているということでもあると思いました。
──映画の中で、右京に小説の「神」が降りてきて、「来た来た!」と猛然と執筆するシーンがありますが、小説家というのは実際あのようになることがあるのでしょうか。
浅田:あります、あります。あんなに猛然とは書けないですけど(笑)。いいアイデアっていうのは、自分が考えるのじゃなくて、「もらう」感じだなというのはありますよ。ただそれを受け止められるだけのアンテナをいつも張っていられるかどうかですが。それは努力しないといけない部分。
水谷:俳優にも、「もらう」感じというのはありますねえ。僕は役作りのために何か頑張ってこうした、っていうことはほとんど記憶にないんですよ。いつもある瞬間に「あ、これ! この感じ!」っていうのが降りてくるんです。
浅田:うん、そうだろうねえ。
水谷:またこれがね、撮影に間に合うように来るんです、なぜか。だからもう、そういうものだと思うようになってしまいました。焦ったりしないですね。
浅田:わかります。たぶん自分では意識していないけれど、期日に向けてテンションがあがっていくというか……アンテナの電圧があがっていって、受け止められるようになるんじゃないかと思うんですけど。
水谷:ああ、そういう状態になっているのかもしれません。今回「来た」のは、小説の下巻を読んでいる時で、早かったですね。映画化できるかもしれないという思いで読んでいますから、特にそういう状態だったのかもしれないですが、読みながら自分がその世界にいるかのような気持ちになってしまいました。