異例の「装丁」に驚く! 「東京」が舞台の『EPITAPH東京』とは?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/20

2011年の東日本大震災を経て、2020年には東京オリンピック開催、少しずつ変貌していく「東京」を舞台にした『EPITAPH東京』が、朝日新聞出版より発売された。著者は、恩田陸氏。多部未華子主演で映画化され、「本屋大賞」にも選ばれた青春小説『夜のピクニック』などで知られる人気作家だ。その恩田氏の真骨頂と評される『EPITAPH東京』、ストーリーについては後ほど触れるとして、とにかく「装丁」が素晴らしいのだ。装丁を一見すれば頷ける、あの「鈴木成一デザイン室」が手掛けている。特徴的なカバーを外すと、「東京」の俯瞰写真が全面に印刷された豪華な表紙が現れる。本文では、黄緑、紫、茶色などの色紙が使われ、さらに随所にイラストや写真が挟みこまれている。まるで現代アートを楽しむような感覚と、物語の勢いもあいまって、ページをめくる手は止まらない。

さて、エピタフとは、“墓碑銘”のこと。吸血鬼に導かれ、東京を彷徨う“筆者K”。ファンタジーなのか? ドキュメンタリーなのか? 「過去」「現在」「未来」、一体いつのストーリーなのか? 恩田氏最新作『EPITAPH東京』に、ぜひ注目してほしい。(ダ・ヴィンチニュース編集部)

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SNS時代の東京都市小説の決定版現る!

3月6日に発売された恩田陸の新刊『EPITAPH東京』(朝日新聞出版)は東京という都市自体を主役にした小説である。2014年には奥泉光『東京自叙伝』(集英社)という話題作もあったが、あのように都市の全体を描く小説ではない。マスメディアの飛ばしたヘリコプターの上から俯瞰で捉えていく映像が『東京自叙伝』だとすると、『EPITAPH東京』はその下の現場に集まった人々が手にした携帯電話のカメラで撮影した、個人蔵の画像の集合体なのだ。一貫性のない画像を集めたコンテンツという意味では、Instagramに印象は近いかもしれない。

作中でメインの語り手を務めるのはKという作家だが(筆者と自称する)、あるときKは、自分が書こうとしているのがキッチンから始まるような物語なのだということに気づく。Kは「エピタフ東京」という戯曲を構想し、書きあぐねていた。発見からもつれていたものがほどけ、AからGまでのイニシャルを持つ女たちがキッチンで会話を交わす場面から始まる戯曲の執筆が始まる。『EPITAPH東京』という小説の全体は、取材のために都内を歩き回るKが、その場その場で見たこと、思考したことを書き留める「piece」のパートと、Kが知り合いになった謎の人物・吉屋の視点から綴られる「drawing」のパート、そして作中作「エピタフ東京」という3つのパートがモザイク状に集合した形で構成されている。実は、吉屋という人物は転生を繰り返している吸血鬼なので、Kよりは多少長めの時間をとって東京という都市を見ることができる。ゆえに「drawing」のパートは回想記の趣きをやや帯びる。彼の目に映る東京という都市は、既に逝き去った死者の痕跡を残す街なのだ。

各章の記述は短い都市論のエッセイとしても読むことができる。東京を舞台にした国内外の映画を見比べたKは、撮る人によっては東京がまったく違う世界に見えるのはなぜか、と考える。あるいは山崎まどか『女子とニューヨーク』から思いを馳せ(恩田作品の慣例として、さまざまな本に言及される)、女性を巡る状況が変化した結果、女子と都市という一対一の関係が成立したのは『Hanako』(マガジンハウス)が創刊された1980年代であった、という結論にたどり着く。個々の論のつながりは緩いので、その章だけを抜き読みすることも可能だ。

小説の月刊誌連載は、2011年の東日本大震災の直後から開始され、2014年秋まで続けられた。作中の随想には連続性はないが、それでも折々の時事が背景から見えることもある。Kは17個目の「Piece」で「高度成長とバブルを経験し」た東京が「その後始末の時代を過ぎて」「次のフェーズに入ろうとしている」と述べている。1966年の東京オリンピックが都市の景観を一変させたことは有名だが、この小説の連載中に2020年の招致が決定した。図らずもKは、大変貌の時代の予兆を感じ取っていたことになる。今から5年後の読者は、旧・東京の墓碑銘の一つとして本書を受け止めることになるだろう。

文=杉江松恋

『EPITAPH東京』(恩田陸/朝日新聞出版)