なんと30年!「消せるボールペン」誕生までの長い道のり ―元々はボールペンにするつもりはなかった?

ビジネス

2015/4/14

 見た目も書き味も普通のボールペンと変わらないのに、専用の消しゴムでこすると、きれいに文字を消すことができる「消せるボールペン・フリクションシリーズ」。前代未聞のこの画期的な商品は2014年ついに全世界で10億本を売り上げ、その人気は留まることをしらない。しかし、滝田誠一郎氏著『「消せるボールペン」30年の開発物語』(小学館)によれば、フリクションボールには意外な誕生秘話がある。フリクションボールはその開発者さえ長い間、筆記具としての応用は頭になかったというのだ。

 フリクションボールのインクを生み出した現・パイロットコーポレーション常務取締役である中筋憲一氏は、元々ノンカーボン紙の開発に従事していた。しかし、会社がその研究からの撤退を決定すると、他の研究対象をどうにか見つけ出さなくてはならなくなった。そこで思いついたのが、熱で色が変わるインク。すべては愛知県豊田市足助町にある香嵐渓の紅葉にヒントを得たことがきっかけで始まった研究だった。参考になる論文も皆無に近い状態だったため、研究・開発は当然のことながら試行錯誤の連続だったが、わずか1年程で中筋氏は色が変わるインク「メタモカラー」の原理を発見。1972年には特許を取得した。

 だが、開発当初の「メタモカラー」は変色と復色(色が元に戻ること)の温度幅が数度と非常に狭く、その温度設定も厳密ではなかった。そのため、「メタモカラー」は筆記具として売り出すことは想定されず、他の領域で発展することになったという。1976年にはメタモカラーを使った世界初の商品「魔法のコップ」が誕生。これは、花咲か爺さんと枯れ木のイラストが描かれた紙コップに冷たい飲み物を注ぐとピンクの花が咲く仕掛けがされたもので、同じような仕掛けのグラスや熱いお湯を注ぐと絵柄が浮かび上がるマグカップも相次いで商品化された。次第に、指先でこするだけで色が変わる「メタモカラー」は、偽造防止目的でロスオリンピックの球場チケットや南米ボリビアの紙幣、ティズニーのキャラクター商品のタグなどにも採用されるようになり、開発者である中筋氏自身が国内外の企業に精力的に売り込みを行なった結果、ロイヤリティだけでも年間5億円を超える利益をあげるようになった。

 開発がさらに進められ、変色と復色温度の幅が広がってくると、2002年、メタモカラーを使った最初の筆記具「イリュージョン」を発売。これは書いた時は黒い筆跡がキャップ頭部についている専用ラバーでこする(=摩擦熱を加える)と、色がカラフルに変化するというボールペンで、売り上げは決してかんばしいものではなかった。だが、2002年にパイロットコーポレーション・オブ・ヨーロッパの代表取締役社長のマルセル・ランジャール氏の発した一言が「フリクションボール」誕生の契機となる。

「『ある色から別の色へ』ではなく、『ある色から透明に』することはできないか?」

 日本ではあまり知られていないが、フランスやドイツなどの国々では今でも学校教育の場で万年筆やボールペンが使われている。小学生も万年筆やボールペンでノートをとり、鉛筆と消しゴムは絵を書くことにしか出番がない。書き損じた場合は、化学反応でインクを消すインク消しを使う。インク消しを使うと、修正箇所に同じ万年筆やボールペンで上書きしても、化学反応してまた消えてしまうため、書き直す際には、インク消しでは消えない別のペンをつかわなくてはならない。このため、「筆記用に主に使うペン」と、「インク消し」、「インク消しで消えない書き直し用のペン」の3種類のペンが学生にとって必携となっている。書く、消す、書き直すが1本でできるペンが求められていたのだ。

 “消せるボールペン”というコンセプトが出来上がった頃、研究開発においても、「イリュージョン」発売当時、0~40度前後だった「色が変化しない温度の幅」を-20~65度まで広げることに成功。この温度幅によって、通常の使用環境、保存環境で用いても、意図せず筆跡が消えてしまう心配はなくなった。さらに開発が進められ、色のバリエーションが生み出され、消しゴムカスの出ない専用の消去用カバーも開発された。そして、2006年ヨーロッパでの先行発売から8年強で販売本数がシリーズ売り上げ10億本を突破するほどのヒット商品となったのだ。

 既存の枠組みに捕われずに様々な活用法を模索したからこそ、“消えるボールペン”は誕生したのだろう。熱にも湿度にも負けず半永久的に色を残そうとしてきたインク開発の歴史からすると、“消せるインク”の開発は「傍流」といっても過言ではない。だが、「傍流」だからこそ、今までにない商品を生み出すことができたともいえるだろう。“消せるボールペン”誕生の歴史には、もしかしたら、ヒット商品を生み出すための秘訣が眠っているのかもしれない。

文=アサトーミナミ