「煙草の火を貸してくれませんか」がはじまり―蓮池薫氏が書く、北朝鮮拉致24年間の記録

社会

2015/4/15

 

 北朝鮮から拉致被害者・蓮池薫さん夫妻が帰国して10年目となる2012年、24年間にわたる北朝鮮での記録を蓮池さん本人が執筆した『拉致と決断』(新潮社)は出版された。厳しい監視体制のもと不自由を強いられた生活が淡々と、冷静に語られたその本には、拉致された蓮池さん本人とその家族の話だけでなく、謎に満ちた北朝鮮に暮らす人々の生活も詳細に描かれている。そして単行本の出版から3年が過ぎようという今年2015年、文庫化された同著に、拉致の当日を記した原稿が新たに収録された。

「煙草の火を貸してくれませんか」が、拉致のはじまり

 蓮池さんが中央大学に通っていた1978年の夏のことだった。その日、夏休みを利用して帰省していた新潟県柏崎で、恋人(現在の妻、祐木子さん)と浜辺を散策していたという。やがて2人で浜辺に腰を下ろして語らっていると、見知らぬ男から「煙草の火を貸してくれませんか」と声をかけられた。この男こそ、北朝鮮拉致工作グループの責任者・崔(チェ)だったのだが、そうとは知らない蓮池さんがライターで火をつけようとしたその瞬間、いつの間にか忍び寄っていた3、4人の男たちに体を拘束され、大きな布の袋にすっぽりと頭まで入れられたままゴムボートへ、そして沖で合図を待っていた工作船へと“積み”替えられ、二晩かけて北朝鮮北部の軍港へたどり着いたという。そこから山中の「招待所」と呼ばれる施設へと連れて行かれ、不自由な24年間を過ごすことになってしまったのだ。

奪われた自由より、与えられた自由を説明したほうが早い

 拉致されて少しすると、蓮池さんは現状を知り情報を収集するため、朝鮮語を習い始める。9カ月近くで辞書を頼りに新聞を読めるまでになり、1年あまりで現地の人たちと意思疎通できるまでになったという。しかし逃亡を防ぐため軟禁状態にあり、言論はもちろん身体の自由はほぼ奪われていた。それは“奪われた自由より、与えられた自由を説明したほうが早い”というくらいのものであり、「考える自由」と「私物を所有し、処分する自由」くらいしかなかったというから、それがどれほどの苦痛だったか、安穏と生きてきた筆者には想像もつかない。

 しかし北朝鮮では、蓮池さんほどではないにしろ、庶民は社会主義・集団主義という大義のもと、かなりの自由が制限されているのだという。それでも現地の人たちは「自由民主主義」への不信感から、「自由」について不満を唱えるどころか、「自由」という単語を否定的な意味で使うことが多かったという。

北朝鮮で手に入れた「新しい絆」と「夢」

 拉致されてから1年9カ月が過ぎた1980年5月、蓮池さんと祐木子さんは北朝鮮で結婚し、翌年には娘を授かった。拉致されたことで無残に奪われた「日本の家族や周囲の人たちとの関係」とは別に、「新しい家族」という“絆”を築くことができたのだ。この“絆”が、蓮池さんにとっては辛い時にすがれる心の支えとなり、絶望感を大きく和らげてくれたのだという。

 また、子どもが生まれたことで「彼らが幸せに生きていけるようにしなければならない」という責任感が生まれ、その責任感が次第に人生の“夢”へと変わっていった。しかしその夢は、「日本に帰れるという願望を断ち切ってこそ実現可能な夢」だった、と本著の中で語られている。

子どもたちについた嘘と、大きな決断

 そして拉致から24年間の時が流れ、2002年、ついに蓮池さん夫妻は「一時帰国」という名目で、10日から2週間という期限付きではあるが日本へ帰れることになった。その際、子どもたちを人質として北朝鮮に残すことが条件だったという。

 夫妻が日本人で、拉致されてきたという事実は、反日意識の強い北朝鮮で知られるわけにはいかなかった。そのため夫妻は、自分たちを子どもたちにさえも「(北朝鮮に)帰国した在日朝鮮人」と偽って暮らしていた。また子どもたちには、将来的に工作員として利用されるのを防ぐため日本語も学ばせなかった。そして日本への一時帰国終了数日前、夫妻は苦悩の末、一生に一度の賭けに出る。「日本に残って、子どもを待つ」という決断を下したのである。それは子どもたちのことを考えてのことだった。

 拉致問題は国家間の問題であると同時に、個人にふりかかる問題にもなりえる恐ろしい問題であり、決して「対岸の火事」ではない。政府の拉致問題対策本部が運営するwebサイト「北朝鮮による日本人拉致問題」によると、政府は今も、北朝鮮による拉致問題と政府の取組について、冊子や動画発信・イベントなどを通して国内外にアピールするほか、北朝鮮で救出を待ち続けている拉致被害者に向け、政府の取組や国内外の状況・家族の声や励ましのメッセージをラジオ番組にして送り続けているという。

 2015年現在、残念ながら北朝鮮には、未だ拉致された人たちが多くいる。だからこそ私たちは、これからも拉致問題が完全に解決するまで、関心を持ち続ける義務があるのではないだろうか。

文=増田美栄子