鉄道BIG4・ダーリンハニー吉川が語る『貨物時刻表』というコスモ

生活

公開日:2015/4/19

 「この“本”の紹介記事を書いてください」
当サイトの担当編集者に一冊の“本”を手渡された。公益社団法人・鉄道貨物協会が発行する『2015年版貨物時刻表』である。聞けば、協会の担当者から編集部に真摯なプロモーションがあり、その熱意に胸打たれたのだという。

 主要貨物線のダイアグラムや特製カレンダーといった付録に加え、時刻表本編の前後に主要車両やコンテナの図鑑、貨物列車の雄姿を集めたフォトギャラリーなどの特集記事が組まれており、非鉄(鉄道ファン以外)が見ても明らかに豪華な一冊。実際、1991年の一般販売開始以降(創刊は1980年)、書泉グランデや旭屋書店本店ではランキング1位を記録したことがあるほど、ファンの間では隠れたベストセラーなのである。

 とはいえ『2015年版貨物時刻表』だ。メインコンテンツは、言うまでもなく日本全国を走る貨物列車の運行スケジュール。これを“本”として、どのように紹介すればよいのか。というか、そもそもこれ“本”なのか? などなど、困惑の極みに達したところで天啓のごとく脳裏に浮かんだのが、この一文だった。

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「ホームに偶然、貨物列車が来ると…神に感謝する」

 スカパー!Ch.546「鉄道チャンネル」のステーションID(局のイメージを表現したSPOT映像)で流れるコピーのひとつである。作者は芸能界「鉄道BIG4(※)」の一員であり、鉄道チャンネルの“トレインプロデューサー”を勤める吉川正洋(ダーリンハニー)。何を隠そう筆者は、吉川さんがホストとなる同局の看板番組「鉄道ひとり旅(現在は『新・鉄道ひとり旅』)」を偶然観たことがきっかけで、鉄道ロマンの世界に足を踏み入れた、駆け出しの鉄道ファンなのだ。吉川さんならきっと、非鉄層はおろか筆者にすら難解な『2015年版貨物時刻表』の魅力を伝えることができるに違いない。だって貨物列車を見かけたときの興奮を、こんなに端的なコピーで表現できるのだから…。

(※)「鉄道BIG4」…吉川正洋(ダーリンハニー)、中川礼二(中川家)、南田裕介(ホリプロマネージャー)、岡安章介(ななめ45°)

時刻表とは「奥ゆかしき文学」である

──という次第で吉川さん。『2015年版貨物時刻表』の魅力をズバリと教えてください。

吉川「えーーっ!?!? いやぁ、そうきましたか(汗)。そこまで語れるほど貨物は詳しくないんだよなぁ(汗&汗⇒しばし黙考)。まず時刻表全般の魅力について言わせていただくなら、時刻表ってもはや立派な文学書だと思うんですよ。しかも、非常に奥ゆかしい表現でつづられた」

──“奥ゆかしい表現”ですか。
吉川「だって通常の小説って“ここで驚け”とか“ここで泣け”みたいなポイントが用意されてるわけじゃないですか。それってある意味、作者の主張の強さが出ちゃってますよね。読者を決められたレールの上に乗せようとしているわけですから。でも、時刻表は“このように読んでくれ”と主張することが一切ない。数字が並んだ表から何を読み取るかは読者の自由なんです。自分は一歩引いて、読者に様々な物語を紡がせてくれるなんて、どれだけ奥ゆかしいのかと」

──ちなみに吉川さんは、どのような物語を紡ぐのでしょう?

吉川「僕の場合は○○駅を何時に出発して、途中駅で弁当を買って、××駅で下車して一泊して、みたいに時刻表の上で空想旅行を楽しむことが多いんですけどね。これが『2015年版貨物時刻表』となると、空想旅行をするには自分が荷物になるしかないわけで。どのターミナルで積まれて、どこへ運ばれていくのか。そして、そもそも自分はどんな荷物なのか…ちょっと上級者クラスですが、ストーリーの紡ぎ甲斐がありますよね」

──擬人化ならぬ偽物化妄想の世界!
吉川「読めばわかりますが、貨物の時刻表って運行本数が少ないから、旅客用の時刻表に比べて誌面に空間が多いんです。つまり、それだけ貨物列車がレアな存在だということ。さらに発着駅に注目すると、福岡貨物ターミナルと札幌貨物ターミナルを約2日間かけて行き来する、とんでもない長距離の貨物列車があったりして。そんな列車が、今も日本のどこかを人知れず走行する様を思い描くだけで…」

──確かに、じわじわと“鉄道ロマン”が湧き上がってきますね(うっとり)。

「永遠の片思い」に生きる貨物ファンたち

吉川「この“人知れず”ってところが、貨物のたまらない魅力ですよね。それだけに、いちど貨物にハマってしまうと、なかなか抜けられないファンが多いんです」

──メジャーから入って、次第にインディの世界にハマっていくコアなアイドルファンみたいな感じでしょうか。

吉川「存在が地味なぶん、“お前を見守っているのは俺だけだぞ”って感覚が強くなるんでしょうね。しかも、アイドルならインディからメジャーに昇格する可能性がありますが、貨物にはそれがない。貨物はずーっと貨物のままですから」

──ファンを卒業するきっかけがないわけだ。

吉川「旅客のように気軽に乗ることもできないから、時刻表で想いを遂げるしかない。いわば、永遠の片思いみたいな関係性ですよ。遠くから見守ったり、時々写真を撮ったりしながら、いつまでも愛し続けられる存在なんです」

──なんだか、究極のアイドルみたいですね。そこで役立つのが何時何処に、どんな貨物列車が走っているのかをチェックできる『貨物時刻表』であると。

吉川「とはいえ、そこが時刻表との向き合い方の難しいところでして」

──“向き合い方”ですか?

吉川「何時何処に、どんな貨物列車が走っているかわかるのって、撮影をするためなんかには大切な情報ですけど、その一方で“出逢い”の楽しみが薄れるという問題が出てくるじゃないですか。レアな存在の貨物だからこそ、偶然出逢えたときの感動が大きいわけですから。あらかじめ来ることがわかっているのを観に行くのは、単なる“確認”になりかねない」

──すごく奥深い領域。まさに「神に感謝する」感覚を楽しむわけですね。

吉川「これって貨物に限らず、時刻表全般にいえるジレンマなんですよ。旅行をするときだって、きっちり調べて旅程を組むのと、ぶらり気ままに旅するのとでは、楽しみの方向性が全然違いますよね。鉄道系の作家でいえば宮脇俊三さんが前者を楽しむタイプで、内田百閒さんが後者ということになるのかな。僕もどちらかといえば後者なので、時刻表をどこまで読み込むべきなのか、については常に頭を悩ませてしまいます」

──「どこまで読み込むべきか」まで考えてしまうという点では、辞書を読む楽しさに通じるものがあるのかもしれませんね。

吉川「時刻表も、読むたびに新しい発見があるんですよ。だから、何度読み返しても飽きないし、新たな発見をするたびに“自分もまだまだだな”と、謙虚な気持ちになれる。鉄道ファンにとっては、まさに宇宙(コスモ)のような存在ですよね…」

 と、仏陀のごとき穏やかな表情で、時刻表から広がる鉄道ロマンの世界を語ってくれた吉川さん。ここまで読んで、まだその魅力が伝わらない人には、残念ながら『2015年版貨物時刻表』を手に取る資格はないだろう。それが、どれくらい残念なことかはさておくとしても。

文=石井春夏秋郎

公益社団法人鉄道貨物協会
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