仕事を「つづける」ことの難しさとは ―シェフたちの苦悩と挑戦が心に響く

ビジネス

2015/4/21

 40歳を過ぎた頃からずっと、仕事に苦しさを感じ続けている。同世代のライターが活躍する姿を見るたび、上手くて面白い文章や作品に触れるたびに焦る。明確な目標設定もないまま、10代、20代を無為に過ごしたツケが回って来ていることも解っているし、だからこそ埋められない差に苛立ち歯噛みする。銀歯が取れた。
 けれども周りの人には「20年近くライターを続けられているなんて幸せだよ。仕事で一番難しいのは、続けることだし」と言われる。そうなのだ。苦しいし、焦るし、眠いし、稼ぎも良くないけど、それでも「つづける」理由はどこにあるのだろう。なぜ、働くのだろう。
 『シェフを「つづける」ということ』(井川直子/ミシマ社)を手に取った。

 今から10年前、井川氏はイタリアで修行する若い料理人たちを取材し、『イタリアに行ってコックになる 24 stories of Japanese in Italy.』(柴田書店)にまとめた。本書は、そこに登場した料理人たちの、10年後を追ったノンフィクションだ。
 国内でみると、平成22年時点で仕事に就いている調理師は約24万人。飲食店に限定しても9万4千人。平成23年の調理師免許合格者は4万367人だという。井川氏は『イタリアに行って~』の取材時、彼らの多くは帰国後もシェフになれないと考えていた。イタリア帰りのコックなんだから、引く手あまただろうというのは素人考えだ。2000年代初頭は「イタリアの厨房のドアを開ければ日本人が大勢いる」と言われていた時代。「海外修行」がオファーを呼び込むほど、レストラン業界は甘くなかった。

 果たして、本書で紹介される15人のシェフたちは、紆余曲折はあったものの、10年経った今も料理を作っていた。オープンから3年で約7割が閉店し、10年後も営業している店は約1割くらい、と言われる飲食店業界において、これは凄いことだ。
 しかし、彼らの10年間は、決して順風満帆ではなかった。多くの者が、お決まりのパターンでもあるかのように壁にぶつかった。帰国後すぐには仕事が見つからない。イタリア版ミシュランで、日本人初の一ツ星を獲得したシェフですら、店が決まるまで時間がかかった。やがて高級店に働き口を得るが、今度は料理創作の「理想」とビジネスの「現実」が折り合わない。料理長やオーナーと決裂し退店、あるいは閉店。皆、幾度となく自信と夢を砕かれた。中には、ハードワークの無理がたたったのか、厨房で突然倒れ、2カ月後に目を覚ました時には、首から下が動かなくなっていたシェフもいた。

 その中の1人、福本伸也氏は、スペインのレストランで修行し、共同経営を持ちかけられるほどに腕を上げたが、直後に母親が難病であることが発覚した。「人として守るべきものがある」と、家族を優先して帰国。母親の在宅看護と障がいを抱える兄を支えるため、料理の世界から離れざるを得なかった。母親が亡くなった後、福本氏は再び厨房に立ったが、そこは高級店ではなく、街の洋食屋などだった。掛け持ちしながら、生きるために働いた。
 絶頂と絶望の著しい落差。底から見上げた遠くの光に、愕然としたに違いない。だが、彼らは「これで終わりじゃない、僕の人生、まだまだつづくんやから」「転んでもただじゃ起きないんです」「生き方なんて自分で変えられる」と、顔を上げた。
 挫折や苦境の中で「自分の原点」に立ち返り、自らを見つめ直す。そこで見つけたのは「自分は、料理が好きなんだ」というシンプルな答えだった。
 福本氏は、母親が検査入院した時、3日間だけ弁当屋でアルバイトをし、厨房に立つ喜びを噛みしめ、「自分は料理しかできへん」と、料理への想いを新たにしたという。

 道を求め、必死で生きようとする人に、必ず手を差し伸べる人が現れる。福本氏が再び雇われシェフとして失敗した時、福本氏の「人がら」を信じ、資金援助したのは、さほど付き合いの深くないワインショップの夫婦だった。理解者を得て、再々出発した福本氏は、共同オーナー兼シェフとして、瞬く間に「予約の取れないレストラン」を作り上げた。

 他のシェフたちも、それぞれの困難に負けず、料理をつづけ、自らの道を見出した。地方に店を構えるシェフも、海外に道を拓いたシェフもいる。店のスタイルも、料理の手法も、素材の選び方も、後進の育成への意識も、15人15様。
 彼ら15人の話から浮かび上がってくるのは「仕事=生きる」ということだ。彼らは、選んだ「仕事」に、「生活」の術ではなく「生きる意味」を見出した。だから、もがきあがいて料理を作り、生きる喜びの詰まった皿を、客の待つテーブルに運び「つづける」。
 「つづける」とは、つまり「生きる」ことなのだ。

 「仕事を始めた新入社員」「仕事を探し始めた就活生」の若者たちに、「40歳を過ぎて道に迷った仕事人」の同胞(はらから)に、本書を贈りたい。金を稼ぐ手段として「仕事」を割り切る人を否定はしないが、人生の大半を費やす「仕事」に「生きる意味」を見つけたいのなら、本書はあなたの「道しるべ」となる。仕事を「つづける」力がみなぎる。いつか、感謝を胸に、本書のシェフたちの店に食べに行けるようにと。私も「つづける」と決めた。

文=水陶マコト