市川真人が選ぶ、村上春樹の短編集ベスト5

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/27

先日ノーベル文学賞を惜しくも逃した、村上春樹村上春樹作品の短編集ベスト5(文庫)を、TBS系情報番組『王様のブランチ』やBSフジの子ども番組『We☆CAN47』等でブックコメンテーターとしても活躍する市川真人さんに挙げてもらった。

村上春樹作品の主人公といえば『やれやれ』と言ってスパゲティーを茹でる、そんなイメージを持つひとは少なからずいる。かつて『W村上』と呼ばれたもう一方の村上龍が、その風貌と『料理小説集』なる著作の記憶も相まって、スノッブなグルメのイメージをどこか纏っていたのに対し、村上春樹のそれは確かに、Tシャツに短パンで気軽につくるパスタとコーラか缶ビール、だった(なにしろデビュー作『風の歌を聴け』には『本なんてものはスパゲティーをゆでる間の時間つぶしにでも片手で読むもんさ』というセリフまで出てくるのだ)。

だが、実のところ春樹作品には、スパゲティーに限らず意外なほどに食べ物の記述が多い。なかでも短編には、食べ物が物語の重要なカギになるものすらしばしばある。そんなわけでここでは、印象深い「食べ物」の登場する4作を収録した短編集、そして小説ではない1冊を番外編として、計5冊を「おいしい短編集」としてご紹介。読み終えると春樹のイメージが変わる?かも」(市川さん)

■1位 いまなお鮮やかな、初期短編
『パン屋再襲撃』文春文庫 520円

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タイトルからして食べ物がメインの一冊。表題作では、深夜に強い空腹感に襲われた「僕」が妻に、かつて友人と試みた「パン屋襲撃」の話をする。妻は答える、「もう一度パン屋を襲うのよ。それも今すぐにね」――伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』冒頭の本屋襲撃場面にもその影響が感じられる、初期の名作。

■2位 村上さんはパンケーキもお好き!?
『東京奇譚集』新潮文庫 420円

パンケーキの準備をしている妻に電話をかけた夫が、その直後、マンションの階段を上る間に失踪する。そんな事件を、パンケーキ好きの探偵が追う「どこであれそれが見つかりそうな場所で」ほか4編を収録した連作集。スパゲティーを茹でているところに届いた一本の電話から事件が始まる春樹最高傑作『ねじまき鳥クロニクル』にも重なる佳作。

■3位 春樹=スパゲティーのイメージを決定づけた
『カンガルー日和』佐々木マキ/絵 講談社文庫 470円

「一九七一年、僕は生きるためにスパゲティーを茹でつづけ、スパゲティーを茹でるために生きつづけた」と始まる、村上春樹=スパゲティーのイメージを強烈に印象づけた短編「スパゲティーの年に」ほか、「100パーセントの女の子」「羊男」「やれやれ」等々、初期春樹作品のエッセンスやスピンオフが詰まっている。

■4位 『1Q84』にも2011年にもつながる一冊
『神の子どもたちはみな踊る』 新潮文庫 460円

神戸の震災を期に、原題『地震のあとで』として発表された連作集。その締めくくりに書き下ろされた「蜂蜜パイ」は、好きだった女の子と自分の親友が結婚、子どもをつくって離婚してしまった姿を見守り続ける36歳の小説家が主人公。
「これまでとは違う小説を書こう」と決意する結末に、「蜂蜜パイ」が果たす重要な役目に注目。

■5位 もしも村上春樹が文芸部の顧問だったら
『若い読者のための短編小説案内』 文春文庫 500円

「短編集」から外れるので本当は番外だけれど、村上さんが他の作家の短編を、生徒とのやりとり風に解説する一冊。例えば……「安岡(章太郎)氏の作品に関していつも印象深く感じるのは、その食料品の描き方です」「食べ物と情欲とは、肉的な『業』という部分できっちり連結しているように見えます」。春樹作品を理解する補助線としても◎。

(ダ・ヴィンチ11月号「江國香織の“女の子はこれでできている文庫”ベスト5」より)