[カープ小説]鯉心(こいごころ) 【第八話】「好きとか嫌いとか、にじみ出るものだから」

スポーツ

2015/4/24

カープ小説

◆◆【第八話】「好きとか嫌いとか、にじみ出るものだから」◆◆
 

【あらすじ】
文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載することになったフリー編集者の美里。熱狂的カープファンのちさとに出会い、これまでの人生で縁のなかったプロ野球の世界に入り込んで行く。2015年カープと共に戦うアラサー女子たちの未来は果たして…?

「そういえば、おととい春紀(はるき)の書いた記事ヤフトピ載ってたね。読んだよ」

アイスコーヒーをストローでひと口飲んでから、美里が言った。

「ありがとう。あれは我ながら結構良い記事だったと思う」
「うん。私の友達もフェイスブックでシェアしてたよ」
「おー、それは嬉しいね」

少し青みがかった金髪を手でかきわけながら、春紀はくしゃっと笑った。
素っ気ない言葉とは裏腹に、表情からは喜んでいる様子が伺える。

春紀は、美里の大学時代の同級生だ。
大学1年の頃から知っているから、もう10年の仲になる。

春紀は大学を5年かけて卒業した後、六本木のコンサルティング会社に就職したが2年ほど働いて辞め、今はフリーランスの音楽ライターをやっている。
美里にとって春紀は、学生時代からの付き合いで、かつジャンルは違えど同業者ということもあり、気軽に色んな話ができる男友達のひとりだ。
大学を卒業してからも2ヶ月に1度くらいは会っている。

「そういえば小説、面白いじゃん」

春紀がニヤニヤしながら、美里の顔を見て言った。
美里は少し苦笑いを浮かべた。

「…ありがとう」
「いや、面白いよ。何ていうか、文章全体にほどよく美里感が出てるというか」
「え! どういうこと?」
「いや、いい意味だよ。何かこう、適度にこじらせ感あるというか」
「わー…。死にたい」
「いや、それくらいの方が面白いんだって。マジで」
「死にたい」
「生きよう」

春紀は美里と同じくフリーランス3年目だが、既に有名な音楽雑誌でコラムを連載したり、海外の人気アーティストを取材したりしている。
いつも「俺はこういうことがやりたい」と堂々宣言し、実際に叶えていっているように美里には見えた。
美里はそんな春紀の活躍を嬉しく思いつつ、同時に悔しい気持ちも抱いていた。

「あの小説は、モデルとかいるの?」
春紀が尋ねた。

「あ、うん、一応。たまたまネットで見つけて知り合ったカープファンの子がいて、その子から話を聞いて書いてるんだよね」
「へー。どんな子?」
「うーん、なんていうか、すごく今風な感じの子。普段はジュエリーショップで働いてて、読者モデルとかやってて、でも超カープファンなの」
「え、小説のキャラ設定、そのまんまじゃん」
「そうなんだよねえ。他にカープ女子知らないし…」
「そういう明確なモデルがいる場合ってさ、どこまでを妄想で書くかって難しいよねー」
「うんうん、そうなの。本当に」

美里はいざ小説を書き始めて、実在する人物をモデルに架空の人物を描くことの難しさを痛感していた。

この小説がちさとをモデルにしていることは、たとえばちさとの家族や友達など、わかる人にはわかるだろう。
もし自分が何か変なことを書いたら、それがさも彼女自身の話であるかのように誤解されてしまうかもしれない。
それによってもし彼女が嫌な思いをしてしまったら…と、美里は少し心配していた。

「小説じゃなくても、人のことを書くって難しいよね」
コーヒーをひと口飲んでから、春紀が言った。

「俺も好きなアーティストのこととか書くとき、よく思う。俺的にはそのアーティストの魅力を伝えようと思って書いても、本人からしたらそれは違う!みたいなことを書いちゃうとき、あるもん」
「そうなんだ」
「でもさ、この仕事やってる以上、そのリスクは絶対つきものなんだよね。そこをビビって何も書けなくなったら、プロとして終わりだし」

春紀は大学生の頃から、趣味でブログを書いていた。
誰にやらされるわけでもなく、好きな音楽やアーティストについて語っていた。
そのブログが注目を集めたことがキッカケで、プロのライターとして仕事をするようになったのだ。

「美里的に、その子はどんな感じなの?」
「え? どんな感じって?」
「いや、好きとか嫌いとか」

唐突に質問され、美里は少し考えた。

「うーん、その子はね、結構好きかな」
「ふーん」
「うん、なんか、すごくいい子なんだよね」
「どんな風に?」
「うーん、なんていうんだろう。なんか、私とは全然違うタイプの子なんだけど、結構話しやすいというか。馬が合う気がするんだよね」
「へー、そうなんだ」
「うん。ちゃんと私の話を聞いてくれるし、自分が話すときもちゃんと私のこと考えて話してくれるというか」
「じゃあ、仕事とか関係なく、美里はその子のこと結構好きなのね?」
「うん、まあ、そうだね」
「そう思ってるんだったら絶対、魅力的に書けるよ」
「そうかな? だといいけど…」
「うん。自分が本当に好きな人とか好きなものについてなら、魅力的に書けるよ。やっぱり俺、好きなアーティストに関しては良い文章書けるもん」
「そっかあ」

春紀の言葉を聞いて、美里は少し安心した。

「てか俺、自分が好きなものについてしか書かないようにしてる。嫌いなものについては、書かない。しんどいし、書いたところで良い文章書けないし」
「あー、それいいね。私もそうしたい」
「俺、CDのライナーノーツとか、超好きなんだよね。めっちゃ暑苦しいやつ」
「うんうん」
「文章からにじみ出る、理屈を超えた熱量みたいなものが好きなんだよね。まあ、たまに愛情が先走りすぎて失敗することもあるんだけど」
「あはは」

春紀は、クールそうに見えて意外と情熱的なところがある。
自分が好きなものについて話をするときは、子供のように目を輝かせて話をする。
その一方で、興味のない話を聞いているときは本当に興味のなさそうな顔をする。

「好きとか嫌いとか、にじみ出るものだから」
半ば開き直ったような口調で、春紀が言った。

春紀は本当に、嘘がつけない人だ。
良くいえば真っ直ぐ、悪くいえば不器用。
思っていることが全部顔に出るし、実にわかりやすい。
だから開き直って、好きなことだけやる。
そんな春紀の生き方は逞しく、美里にとっては少し羨ましくもあった。

私もこれくらい、自分に素直に生きれたらいいのに。

美里は心の中で呟いてから、氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーを飲み干した。

(第九話に続く)

イラスト=モーセル

【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」
【第二話】「か、カープ女子…?」
【第三話】「いざ、広島へ出陣!」
【第四話】「生まれてはじめてプロ野球の試合をちゃんと見た記念日」
【第五話】「カープファンは負け試合の多い人生ですから…」
【第六話】「私も小説書きたかったんだよねえ。若いころ」
【第七話】 私たちカープファンにできること
【第九話】神宮球場で飲むビールは世界一美味しいのかもしれない