日本人はどうしてカフェ好きなの?「サードウェーブ」流行の背景にある、カフェ展開の歴史

暮らし

2015/5/1

 今「サードウェーブ系男子」が話題だ。それは、日本上陸が話題となっている「ブルーボトルコーヒー」を始めとする「サードウェーブコーヒー」を愛飲するオトコたちにあてた言葉で、『週刊文春』のコラムで辛酸なめ子氏が提唱。キャップにヒゲ、メガネにニューバランスという出で立ちで、「上質な暮らし」を目指すような者を指すらしい。今、なぜ「サードウェーブコーヒー」は日本でブームとなっているのだろうか。

 高井尚之著『カフェと日本人』(講談社)では、日本におけるカフェ展開の歴史を概観している。日本国内にあるカフェの店舗数は、7万454店(2012年時点。「平成24年経済センサス-活動調査」。最盛期の15万4630店(1981年)の半数以下に落ち込んだが、それでも2014年現在で5万店超のコンビニの1.4倍にもおよぶ。洒落本・黄表紙の作者として知られる大田南畝(蜀山人)は1804年に「瓊浦又綴(けいほゆうてつ)」(瓊浦は長崎の美称)の中でコーヒーについて「焦げくさくて味ふるに堪ず」と書いている。これが日本で最初のコーヒー飲用記と言われているが、この本の一節のように当初コーヒーは「焦げくさくて、飲めたものではない」と言われていた。だが、黒船来航がきっかけで、コーヒーが人々の目に触れ始め、それから百数十年、日本の「喫茶店文化」は、独自の進化を遂げてきた。人と人が出会い打合せや懇談する、あるいは音楽を楽しむ部分では欧州と同じでも、その時々の流行を取り入れつつ、創意工夫して多様化させるのが日本流のカフェ・喫茶店といえるだろう。

 たとえば、1920年代に銀座にオープンした「カフェー・タイガー」は若い女性給仕の接客で男性に人気を集めていた。「カフェー・タイガー」は、芸者風、女学生風、奥様風と様々なタイプの女の子を揃えて、赤組・紫組・青組の3グループに分けてビールの売上高を競わせるチーム制を採用。ビール1瓶ごとに付く投票権で、女の子の人気投票を行ない、菊池寛は人気投票の際に150票を投じてある女の子を人気ナンバーワンにしたという記録まで残っているのだから、否が応でもAKB48を彷彿とさせる。そして、昭和に入ると「コーヒーや軽食を主体とした店」と「女給のサービスを主体にした店」の分化が進み、大正時代の「カフェー」は「純喫茶」と「特殊喫茶」として分かれていくことになる。

 現在ブームの「サードウェーブコーヒー」は、昭和時代の日本の「純喫茶」との共通点が多い。「サードウェーブコーヒー」は、コーヒーの大量消費が始まった時代の後に訪れたスターバックスなどシアトル系が牽引したセカンドウェーブに続く「第三の波」で、エスプレッソ系のアレンジコーヒーではなく、ドリップコーヒーが一般的だが、(1)生産国でのコーヒー豆の栽培の重視、(2)流通過程の透明化、(3)自家焙煎、(4)コーヒーの淹れ方にこだわり1杯ずつ手作業で抽出するという特徴がある。このうち(3)自家焙煎や(4)コーヒーの淹れ方はまさに日本の喫茶店で行われていた作業といえる。カタカタとパソコンをたたいて仕事をするのではなく、コーヒー片手に店主と会話を楽しんだり、ゆっくり窓の外の景色を眺めたりするのが似つかわしい。

「コーヒー1杯の値段は、ラーメン一杯と同じ」という「純喫茶」は、1980年に1号店がスタートしたドトールコーヒーにより価格破壊に晒され、続く1996年にスタートしたスターバックスの登場によって、次第に縮小していっていた。特にスターバックスは、今まで男性の飲み物が主だった喫茶業界で、「カフェラテ」や「キャラメルマキアート」といった苦みを甘みでカバーしたミルク系コーヒーによって女性の心を掴んだ。

 そんな時代を経た後の「サードウェーブコーヒー」ブーム、「サードウェーブ系男子」の登場は、昔の時代の「純喫茶」の復権といっても良いかもしれない。古い時代に流行したものに新しさが見出され、それが進化して再び流行しているのだ。

 「サードウェーブ系男子」に限らず、今までもカフェに集う者たちは、スタバでMacを開けば「意識高い系」、キャラメルマキアートなど甘い系に手を伸ばせば「スイーツ」、穴場のカフェをめぐれば「サブカル」などと揶揄されてきたように思う。漫画喫茶、メイド喫茶、猫カフェ…日本人はカフェとともに築き上げてきたといっても過言ではないだろう。

文=アサトーミナミ