谷崎は萌えブタ!?「谷崎潤一郎メモリアル」イベントレポート

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/20

 文豪・谷崎潤一郎は2015年に没後50年を迎え、来年2016年には生誕130周年を迎える。中央公論新社からは5月10日(日)より初収載の作品100点以上を収録した『谷崎潤一郎全集』(全26巻)の刊行が開始されるなど、谷崎文学が盛り上がりを見せている。

 先月、4月8日には「TANIZAKI MY LOVE 谷崎潤一郎メモリアル2015」と題したイベントが東京・よみうり大手町ホールで開催された。

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第1部では、谷崎賞受賞作家であり谷崎文学に造詣が深い阿部和重川上未映子奥泉光の3名によるトークショー「『春琴抄(しゅんきんしょう)』の世界」が、第2部では、実は文豪好きという、アイドルグループ「でんぱ組.inc」の夢眠ねむ奥泉光によるトークショー「文豪を楽しむ 谷崎潤一郎入門」という2部構成で行われた。

第2部では夢眠ねむの『春琴抄』の朗読と奥泉光によるフルート演奏が披露されるなど、谷崎文学、特に『春琴抄』を味わい尽くすといった趣のイベントとなった。

トークショー「『春琴抄』の世界」

数多くある谷崎作品の中で阿部和重、川上未映子、奥泉光の3名がそろって一番好きだと挙げたのが『春琴抄』。

『春琴抄』は谷崎が48歳の頃に書いた傑作。主人公は美貌に恵まれた盲目の才女「春琴」。彼女は地唄の師匠として非常に厳しい稽古をすることで有名であった。もう一人の主人公、弟子の一人の佐助はそんな春琴に献身的に尽くし続け、春琴を敬愛するあまり自らの眼に針を立て盲目となる。心を通わせながらも師匠と弟子という立場を生涯貫き通した2人の生涯を描く。

3名共に揃って『春琴抄』を挙げたが、作品に対する姿勢はかなり異なっている。阿部は自身の2番目の作品『ABC戦争』で登場人物に谷崎作品について語らせるなど谷崎作品に傾倒するところもあるという。川上は「若いときは読めなかった」といいながら次第に面白さがわかってきたと語った。

ユニークなのは奥泉だ。「『春琴抄』は構成や文章は大好きだが、話の内容は嫌い!」と言い切る。

【阿部】 話は嫌いだといいつつ、少しはすばらしいと言う、その二面性はなんなのですか!?

【奥泉】『春琴抄』の良さは、文章のグルーブ感です! これに尽きますね。でもあんな(内容)の読みたくないんです(笑)。

【阿部】 奥泉さんは、話の内容に対する嫌悪感がありながら、文章のグルーブ感や巧みな形式によって、嫌悪感があるのにも関わらず説得させられてしまうという、その谷崎に対する「葛藤」が奥泉さんの感想なんですね。

【奥泉】 そうですね。

【阿部】 その葛藤というか二面性は『春琴抄』を読み解く上で非常に重要だと思うんです。「内容」と「形式」の関わり合いというのがこの作品の根幹、本質なんじゃないかと思うんです。

  • 谷崎潤一郎

【奥泉】 この作品は「語り」が多層になっていて、最初に谷崎とおぼしき人物が「春琴」という歌舞をやっていた女性の評伝を書きます、と言って、彼が取材をしていくうちに『鵙屋春琴伝(もずやしゅんきんでん)』という冊子を発見する。そして過去に春琴と関わりのあった人達にも話を聞き、執筆していくという体裁になっている。でも実際に読んでいくと評伝という部分を超えて、ある種の物語性が爆発するようにはみ出てくる瞬間がいっぱいある。そこはすごい。でもストーリーはどうでもいい(笑)。

 春琴というのは一筋縄ではいかない女性で、非常に偏屈。美人だけれども嫌な女でもあるんです。そして盲目になった原因が性病なんです。はっきり書いてないけれどもそれが原因かもしれないと示唆されている。そういう美しいものと美しくないものが混ざり合うように世界を作っていくのは、非常に谷崎らしいなと感じますね。

【川上】 それで春琴と佐助の二人がどのように人生を歩んでいくのか、っていうことが物語られるのが『春琴抄』です。

【奥泉】 僕の嫌いなところを説明すると、春琴は弟子をとるんですが稽古が厳しくて恨みを買う。それで恨みを買った結果、ある日……もうそこは読みたくないですが、煮え立ったお湯を顔にかけられるんです。

【阿部】 だんだん明らかになってきたんですが、奥泉さんはただ「グロいの苦手」ってだけじゃないですか?(笑)。

【奥泉】 苦手だね(笑)。だって嫌な話じゃないですか。

【川上】 またその場面がすごく臨場感があるんですよね。それで春琴は顔が崩れちゃう。

【奥泉】 それで佐助は、自分が崇めている春琴の美しさを永遠化するために、自らの目を……ここも言いたくない(笑)。

【阿部】 あえて言いましょうよ。

【奥泉】 自分で目を突いちゃうんですよ。それで盲目になる。

【川上】 二人は師匠と弟子でもあったけど夫婦でもあった。その両方が盲目になってはじめて心の底から理解し合える関係になる。

【奥泉】 二人の世界が燃え立つようになる。あの部分は作家として最も嫉妬するところですね。二人が盲目になった以降の世界、あの描写、その文章力はすごい。

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