おっぱいの揺れを真剣に研究した論文のタイトルは「走行中のブラジャー着用時の乳房振動とずれの特性」 ―ヘンな論文がすごい

科学

更新日:2016/3/14

・カップルが一目を気にせず座れる距離は何mなのか
・浮気する男の頭の中では何が起こっているのか
・走っているときにおっぱいはどのように揺れ、ブラはどのようにずれるのか

 これらはすべて、れっきとした研究者たちによる、れっきとした論文である。なお、それぞれの論文タイトルは以下。

advertisement

・「傾斜面に着座するカップルに求められる他者との距離」
・「婚外恋愛継続時における男性の恋愛関係安定化意味付け作業」
・「走行中のブラジャー着用時の乳房振動とずれの特性」

 どうだろう。学者たちが難しい顔をして、「着座するカップルが」だの、「乳房振動が、ずれが」だのとブラジャーやおっぱいに関する議論を尽くしている様子を想像してほしい。なんともいとおしい気持ちがわいてこないだろうか。自身も研究者であり、お笑い芸人でもあるサンキュータツオ氏の著書『ヘンな論文』(KADOKAWA)は、こういった捨て置けない珍妙な論文ばかりが紹介されている。

 著者が本書の中で教えてくれているのは、論文の“愛で方”。いくらおっぱいの話をしているとはいえ、「走行中のブラジャー着用時の乳房振動とずれの特性」なんてタイトルをいきなり見せられては、そうそう読む気にはならないだろう。乳房振動だなんて、おっぱい感ゼロ。だが、このタイトルこそが味わい深い点だ、“乳房振動”の漢字四文字のパワーには無条件降伏だ、論文のタイトルというものは学問の香り漂うものでないと、と著者は主張する。

 続けて、「たとえば“よだれが垂れる”だったら“唾液放物線軌道”、“ハゲる”だったら“毛根後退現象(減少)”、“ヒモ”だったら“金銭的女子依存型無職男子”と言い換える必要があるのだ」と熱弁。もちろん、単に味わい深いだけではない。論文のタイトルは、その論文が何を言おうとしているかが一発で分かるような仕組みになっている、と著者は言う。そこで着目しているのは、「走行中のブラジャー着用時」というフレーズ。「走行中」と「ブラジャー着用時」と2つの要素が入っているということは、「歩行中ブラジャー非着用時」、「走行中ブラジャー非着用時」、「歩行中ブラジャー着用時」、「走行中ブラジャー着用時」の4つの条件から、「走行中のブラジャー着用時」を問題にしている。つまり、「走っているときはブラがずれる。その悩みの原因を解明しよう」という至極真面目な考察である、とのこと。ちなみに、この論文の研究工程では、あくまでも“ズレないブラジャー開発のために”、カップ内のおっぱいを可視化し、観察する必要があった模様。もちろんそこに、やましい気持ちはない。

 なお、著者サンキュータツオ氏はこの論文を読んだ後、イチ学者として、友人女性数人に「ブラジャーは本当にズレるものなのか」と質問したり、自らも「ズレ」を体感すべく男性用ブラジャーを手に入れて装着してみたりしている。もちろんそこにも、やましい気持ちはないのだろう。

 おっぱいの話ばかりになってしまったが、ほかにも本書では、「しりとり」はどこまで続くのか、最長を計算した論文(ちなみに5万6519単語続くらしい)や、30年に渡ってあくなきあくび探求を続けてきた研究者による「あくびはなぜうつるのか?」(巷で言われている“酸素不足”は無関係らしい)など、合計13本の論文の魅力があますところなく語られている。

 これまで私は、論文と言われると反射的に身構えていた。いちいち小難しく、情緒がなく、いけ好かない、と思っていた。おっぱいの揺れのことを「乳房振動」だなんて言われた日には、「おっぱい」というこの語感が台無しではないか――そう思っていた。だが、サンキュータツオ氏は言う。

「美しい夕景を見たとき、それを絵に描く人もいれば、文章に書く人もいるし、歌で感動を表現する人がいる。しかし、そういう人たちのなかに、その景色の美しさの理由を知りたくて、色素を解析したり構図の配置を計算したり、空気と気温を計る人がいる。それが研究する、ということである。(中略)研究は未来を予見する表現だ」
(p71)

 研究者たちは、知りたくて、そして、より正確に知らせたくて、それが結果、小難しいアウトプットになっていただけだった。論文とは、彼らの魂の表現だったのだ。

取材・文=朝井麻由美