[カープ小説]鯉心(こいごころ)【第十一話】ターン・ザ・クロック・バック

スポーツ

公開日:2015/5/19

カープ小説

◆◆【第十一話】ターン・ザ・クロック・バック◆◆
 

【あらすじ】
文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載することになったフリー編集者の美里。熱狂的カープファンのちさとに出会い、これまでの人生で縁のなかったプロ野球の世界に入り込んで行く。2015年カープと共に戦うアラサー女子たちの未来は果たして…?

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「そういえば俺、去年仕事でロス行ったとき、ドジャースの試合観に行ったんだよね。アメリカ人の友達に誘われて」

串焼きの盛り合わせを箸でばらしながら、春紀が言った。
美里がそれにレモンを絞り、箸でつまむ。

「ドジャースって、確か黒田がいたチームだよね?」
パリっと焼かれた鶏皮を持ち上げながら、美里が言った。

「そうそう。はじめて行ったんだけど、すごくいい球場だった。これぞアメリカのボールパーク!って感じで」
「アメリカの野球場ってどんな感じ? 日本とは違うの?」
「全然違う。下北のライブハウスと武道館くらい違う。まあそれは言い過ぎだけど、でも全然違う」
「ふーん」

美里はそれ以上は何も聞かず、鶏皮をパクッと口に入れた。

この日、19時過ぎに神楽坂で待ち合わせた美里と春紀は、たまたま見つけた路地裏にある焼鳥屋に入った。店内は薄暗く、二人がけのテーブルが5つ、カウンター席が4つほどの小さな店。二人が座る壁際のテーブル席の頭上にあるテレビでは、偶然にも広島で行われているカープ対ベイスターズの試合が映っている。試合は現在7回裏で、カープが1点リード。この日は怪我で戦列を離れていた黒田博樹が復帰登板したが、既に降板している。

「でも私、神宮球場結構好きだったな」
少し間を置いてから、美里が言った。

「この前はじめて行ったけど、思ってたより庶民的というか、平和的な感じで。野球場って、酔っぱらって野次飛ばしてるおじさんとかいて怖いイメージだったんだけど、そうでもないというか。なんか傘ふって踊ってる人たちとかいたし」
「神宮は俺も好きだよ。東京らしい風情があるよね。7年後には取り壊されちゃうけど」
「え、そうなの?」
「うん。オリンピックの後にね」
「えー、そうなんだ。せっかく味のある球場なのに、残念だね。改修とかして残せないのかな?」
「うん。まあ、そういうのはセンスのない人たちが勝手に決めてる話だからさ」

春紀はいつも、思っていることをオブラートに包まずストレートに言う。

「アメリカってさ、歴史がない国じゃん? 独立記念日から、たかだか200年ちょっと。だから、貴重な歴史を超大事にするんだよね」
春紀が続けた。

「新しいものもどんどん作るけど、一方で歴史をすごく大事にする。俺が住んでたシカゴにもさ、シカゴ・カブスっていう名門チームがあるんだけど、カブスの本拠地球場は100年以上前に作られたのね。もうボロボロなんだけど、何度も改修しまくってさ、今もずっとその球場使ってんの」
「そうなんだ」
「100周年の記念日にはさ、選手全員が100年前のユニフォーム着て、100年前に売ってたピーナッツ売って、場内のアナウンスも昔っぽくして。アメリカではこういうの、ターン・ザ・クロック・バック、とかいうんだけど。まさに時計の針を戻す、ってね」
「へえー! なんか粋だね」
「とは言ってもシカゴは結構特別で、アメリカでも他のチームはガンガン新しい球場建ててるけどね。結局、金持ってるやつが決める話だから」

春紀は本業の音楽だけでなく、野球にも結構詳しい。10代の頃アメリカに住んでいた影響で、メジャーリーグファンになったそうだ。日本の野球も昔は見ていたそうだが、今はもうあまり見ないらしい。

「なんか、クラブみたいだな、って思ったんだよね」
美里が言った。

「クラブ? 神宮球場が?」
「うん、なんていうんだろう。私、野球場ではずっと野球見てなきゃいけないって思ってたんだけど、意外とそうでもないというか。もちろんすごく応援してる人たちもいるんだけど、普通にお喋りしてる人もいるし、静かに見てる人もいるし」
「うんうん」
「たまたま、ちさとちゃんの知り合いの男の人が近くの席に来てね、ビール奢ってもらって一緒に試合観たの」
「あー、なるほどね。馬鹿騒ぎするやつもいるし、友達とワイワイするやつもいるし、ナンパするやつもいるし、みたいな」
「うんうん」
「大音量の音楽の代わりに野球の試合がある的な」
「そんな感じかも」
「あれ、カープまた逆転されてんじゃん」
「え? あ、ほんとだ」

美里が店内のテレビを見ると、先ほどまで5-4だったスコアが5-6になっていた。
8回表、ベイスターズの攻撃が終わったところだ。

「一岡また打たれたかー!」

突然、店の入り口から大きな声が聞こえた。
美里が振り返ると、どこかで見覚えのある男が立っていた。

あれ、この人どこかで…
あ!

美里が思い出すと同時に、男が美里の方を見て「ん?」という顔をした。

「あの、この間の…」
美里が男に言いかけると、男は「ああ!」という顔をして、美里に会釈をした。

「この前はどうも!」

つい先日、神宮でちさとと一緒に声をかけられ、ビールを奢ってもらった佐藤だった。

(第十二話につづく)

イラスト=モーセル

[カープ小説]鯉心 公式フェイスブック
【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」
【第二話】「か、カープ女子…?」
【第三話】「いざ、広島へ出陣!」
【第四話】「生まれてはじめてプロ野球の試合をちゃんと見た記念日」
【第五話】「カープファンは負け試合の多い人生ですから…」
【第六話】「私も小説書きたかったんだよねえ。若いころ」
【第七話】 私たちカープファンにできること
【第八話】「好きとか嫌いとか、にじみ出るものだから」
【第九話】神宮球場で飲むビールは世界一美味しいのかもしれない
【第十話】女が生きにくい世の中で、女として生きてるだけ