昭和天皇は毎日何を食べていた? “がっかりするほど「ふつう」”料理番が明かす天皇の献立

社会

更新日:2015/5/24

 「金のお箸を使っているんですか?」「どのような献立なんですか?」「お毒味をするんですか?」。これらは、昭和天皇の食事を毎日作っていたある料理人が何度も受けた質問だ。

 天皇というと、戦前までは神。天上人だった。神であるためには、儀式や公務以外の普段の生活が人目に触れることは許されない。神格性を保つためには、人間としての生活は隠さねばならないからだ。

 …と、これは昔の話。今は21世紀である。私たちは、天皇の普段の生活をも垣間見ることができるようになった。その食事情を『昭和天皇と鰻茶漬』(谷部金次郎/河出書房新社)から紹介しよう。

 著者の谷部金次郎は、現在TBSテレビにて放映中のドラマ「天皇の料理番」の主人公・秋山徳蔵のもとで仕事をした人物。和食担当として、宮内庁の厨房に、26年間務めるという貴重な経験を持つ。

 そう、冒頭の質問は、著者が何度も受けたもの。昭和21年生まれの著者自身も、かつては多くの人と同じく、天皇たるもの何かすごい物を食べているに違いないと思っていたそうだ。しかし、意気込んで就職した17歳の青年を待っていたのは、がっかりするほど「ふつう」の献立の連続だった。

 宮内庁の厨房は大膳と呼ばれ、晩餐会や儀式用の献立を作る。といっても、一年365日の中で晩餐会や儀式は数えるほど。仕事の大半は天皇の毎日の食事作りなのだ。昭和39年、彼が就職して3カ月目の献立メモを見てみよう。そこに並ぶのは、吸物、丸麦入御飯、塩焼秋刀魚、樫焼玉子、浸し積み菜、奈良漬瓜――、つまり、“お吸い物、麦飯、さんまの塩焼き、オムレツ、おひたし、きゅうりの奈良漬け”である。

 栄養のバランスが取れたメニューだが、“意外に地味”という印象を受ける人が多いのではないか。実は、こうした一般家庭でも出てくる「ふつう」のお惣菜が、昭和天皇の毎日の食事だったのだ。朝はオートミールかコーンフレーク、昼と夜のどちらか一方がこのような和食で、残りの一方が洋食となる。こうした献立は、主厨長、副主厨長らが相談して決めることになっていて、天皇は一般人のように、自分の食べたいものを自由に食べることができないのだという。

 そんな中、著者が知った昭和天皇のお好みは、芋、かぼちゃ、青魚(さんま、いわし、あじなど)、鰻の蒲焼きなどだ。これらは、食事の進み具合やおかわりの具合から汲み取ったものだという。また、献上品として宮中に届けられる、松茸、しば漬、びわ、茶漬用鰻なども、楽しみにされていたそうだ。

 箸は柳箸。高級な割り箸を想像してもらうとよいだろう。使い捨てにはせず、煮汁が染み込んでしまうまで、2、3回は使う。食器は、昔から使用されている有田焼などの高級なものもあるが、ほとんどは一般に市販されているものだ。

 毒味はもちろん行われない。テーブルの上の料理に、料理を出された本人以外の人間が手をつけるなど、相手が天皇でなくとも大変失礼だからだ。毒味が行われたのは、殿様が家臣から命を狙われるような時代の話だ。

「日々のお食事のあまりにふつうであることに、正直なところ、私のやりたい料理はこれなのか、と悩んだこともありました」と告白する著者。しかし、あるとき昭和天皇が口にされた「おいしい」の一言で、“なんでもない日々の当たり前の料理をおいしく作る大切さ”に気付いたという。それは、献上品の箱根芋を煮る役を秋山氏から仰せつかったときのこと。味付けは薄口醤油とみりんのみという一品だ。そのシンプルさゆえに、煮るときのひと工夫で味の差が出る。著者は初めての大役に緊張しながらも、芋の白さと甘さを引き立てることに成功。煮方、焼き方ひとつで味が変わることの奥深さ、つまり、日本料理の面白さに気付いた瞬間となったのだ。

 昭和天皇の崩御と共に大膳を辞し、現在は日本料理の伝統を伝えることに身を捧げる著者は、「昭和天皇の献立は“ごくふつうの献立”」と言う。一般家庭でも出てくる献立だから「ごくふつう」である。しかし、果たして筆者の今の食生活はこの「ふつう」に当てはまるのだろうかと、自らの食生活を反省させられつつ、食べてくれる天皇の一言で大事なことに気付ける著者のまっすぐさに、気持ちよく胸を空かされた。

文=奥みんす