[カープ小説]鯉心(こいごころ)【第十三話】「カープ女子と広島焼きは、似た者同士です」
公開日:2015/6/3
【あらすじ】
文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載することになったフリー編集者の美里。熱狂的カープファンのちさとに出会い、これまでの人生で縁のなかったプロ野球の世界に入り込んで行く。2015年カープと共に戦うアラサー女子たちの未来は果たして…?
「オリ姫って、ええと… オリックス?」
レッドアイのグラスを右手に持ったまま、美里が自信なさげに言った。
「そうです。この前、オリックスとの試合でこんなのやってて」
ちさとがテーブルの反対側から、スマートフォンの画面を美里に見せた。写真では、カープとオリックスのユニフォームを着た女の子たちがグラウンドで綱引きをしている。女の子たちの手前にはカープのマスコット、スラィリーの姿もある。
「オリ姫対カープ女子とかいって、なんか綱引きしたりリレーしたり」
「へえ…」
カープの赤いユニフォームに見慣れている美里には、ネイビーを基調にしたオリックスのユニフォームは斬新に映った。
ラインやロゴはピンクだが、これはきっと女性ファン向けのものなのだろう。
「最近多いんですよ。こういう女性ファン向けのイベント」
ちさとはスマートフォンをテーブルの上に置き、少し浮かない顔をして言った。
「ちさとちゃんは、こういうのは参加しないの?」
「私はあんまり興味ないですねえ。神宮のスタンドで普通にビール飲みながら、おじさんたちに混じって応援してるのが好きです」
「そっかあ」
「というか私、野球見てるときはほぼ、おじさんですし」
「お、おじさん…」
神宮で一緒に試合を見たとき、ちさとが佐藤たちの会話に完全に溶け込んでいたことを美里は思い出した。確かに“おじさん力”は高いのかもしれない…
二人は今、ちさとの行きつけのバー、ベルガモットにいる。美里がこの店に来たのは今日で二度目だ。相変わらず店内は薄暗く、カウンターの奥にあるキッチンでは長髪のマスターが淡々と調理をしている。
「あ、そういえばね。この前、佐藤さんに偶然会ったの」
美里はさっきから言おうと思っていたことを、ふと思い出したかのように言った。
「えー! どこでですかぁ?」
「神楽坂の焼鳥屋さんで、たまたま。私は大学の友達と一緒にいたんだけど」
「あー、佐藤さんも近くでお店やってますからね」
「広島焼きのお店だっけ? ちさとちゃんもたまに来てくれるって言ってたよ」
「佐藤さん、私の悪口とか言ってませんでした?」
「ええ、全然だよ! むしろすごく褒めてたよ。ちさとちゃんのこと」
「えー、ほんとですかぁ?」
「うん。いつも球場に通って偉いって」
「あー、それはよく言われますねえ。野球に興味のない友達からはよく、気持ち悪いって言われますけど」
「えー?! 全然そんなことないよ!」
「あ、いいんですいいんです。褒め言葉だと思ってますから!」
「そ、そっか…」
ちさとはしばらく無言で頬づえをつき、何か考えごとをしているような顔をした。
美里は窓の外を見ながら、レッドアイをひと口飲んだ。
「広島の人は、広島焼きって言わないんですよ」
ちさとが唐突に言った。
「え、そうなの?」
「はい。広島焼きって、広島以外の場所で大阪のお好み焼きとわかりやすく区別するための言い方で、広島ではあくまでもお好み焼きなんです。だから広島焼きって言うと、結構モグリみたいに見られるんですよね」
「そうなんだ。知らなかった」
広島と大阪でお好み焼きがどう違うのか、美里には正直なところよくわからなかった。そもそも、お好み焼きの呼び方にこだわる気持ちがよくわからない。美味しければ何だっていいじゃん、と美里は思った。
「カープ女子と広島焼きは、似た者同士です」
ちさとが今度は、妙に真面目な顔をして言った。
美里のキョトンとした顔を見て、ちさとは続けた。
「去年、メディアでカープ女子カープ女子って騒がれてから、周りからニワカ扱いされることが多くなったんですよね。カープファンですって言うと、あ、出た、最近流行りのカープ女子だ!みたいな」
「あー、うんうん」
「だから、昔からカープファンだった子たちの中には、私はカープ女子じゃなくてカープファンです!って言い張る子、結構いるんですよ」
「ああ、なるほどねえ。広島焼きじゃなくてお好み焼きです、みたいな」
「はい、そんな感じです」
「確かに、カープファンの男の人をカープ男子とは言わないもんね」
女というだけでラベルを貼られ、色眼鏡をかけて見られる。
どの世界でもそういうものなのだろうか。
「ちさとちゃんくらいの熱心なファンでも、ニワカみたいに言われるの?」
「言われますよ! 全然私のこと知らない人には、どーせ堂林くんがイケメンだから好きなんでしょ?とか」
「えー、そうなんだ! ひどいね」
美里は心の中で、少しドキッとした。
堂林翔太の甘いマスクは、割と美里の好みだった。
「堂林くんは男性ファンも多いんですけどね。昔は三振が多くてチャンスに打てなくてエラーも多かったんですけど、野村監督がずっと我慢して使い続けてどんどん成長していったという物語があるので」
「へー、そうだったんだ」
「高校時代から甲子園で活躍もしてましたしね」
そういえば私、堂林くんがどんな選手なのかとか、全然知らない。
割と最近、女子アナと結婚したことくらいしか知らない。
美里はそんな自分が少し恥ずかしくなった。
「美里さん、堂林くんとか結構好みじゃないですか?」
「え! な、なんで?!」
心の中を見透かされているかのような問いかけに、美里は少し慌てた。
「いや、なんとなくなんですけど」
「そ、そっか… うん、いやでも、割と好みかな。え、何でわかったの?」
「やっぱり! いや、なんとなくです」
「えー、私わかりやすいのかなあ…」
「そうかもしれないですねえ。でも、いいと思います!」
「あ、ありがとう… うん、でも堂林くんは、私結構好き」
「美里さん、意外とミーハーじゃないですか?」
「わー、そうなの! 私ミーハーなの」
「アハハ!」
店内に響くちさとの笑い声を聞きながら、美里は頬を赤らめた。
私の性格、結構バレてる…
(第十四話につづく)
イラスト=モーセル
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【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」
【第二話】「か、カープ女子…?」
【第三話】「いざ、広島へ出陣!」
【第四話】「生まれてはじめてプロ野球の試合をちゃんと見た記念日」
【第五話】「カープファンは負け試合の多い人生ですから…」
【第六話】「私も小説書きたかったんだよねえ。若いころ」
【第七話】 私たちカープファンにできること
【第八話】「好きとか嫌いとか、にじみ出るものだから」
【第九話】神宮球場で飲むビールは世界一美味しいのかもしれない
【第十話】女が生きにくい世の中で、女として生きてるだけ
【第十一話】ターン・ザ・クロック・バック
【第十二話】カープと遠距離恋愛してるみたいな感じ