「我が子が○歳になっても一緒に入浴」は危険信号! 「毒親」より厄介な「親子共依存」とは

社会

2015/6/10

 中学生になっても子どもとお風呂に入ったり、手を繋いでショッピングをしたり、大学のオープンスクールについていったり、はては大学の履修説明会や就職説明会にまで参加し、積極的に質問したりする。そんな親が増えているという。急増する「仲良し親子」「ベッタリ親子」。もはや「子どもが部屋にこもって、何をしているのかわからない」のは、前時代のことらしい。

 「尾木ママ」の愛称で知られる教育評論家の尾木直樹氏は、『親子共依存』(ポプラ社)のなかで、このような状況に警鐘を鳴らしている。たとえば、前述の「親子入浴」については、幼少期であれば「父子入浴を体験している人ほど、成人しても父親に対して信愛の念を持っている」など、子どもの人格形成上、良い影響を及ぼすことが調査でわかっている。しかし、思春期になっての親子入浴は、子どもの自立心を阻害するという。ちなみに、思春期は男の子で小学5年生の夏以降、女の子で4年生の2月くらいからスタートするというので、その時期以降に親子入浴をしているなら、危険信号が灯っていると考えたほうがよさそうだ。

 さて、このような“異常状態”は「子どもが親に依存している」と同時に、「親側も子どもに依存している」ことで生み出されており、著者は「親の子依存」をとくに問題視している。親がわが子の世話を焼くことに喜びや生きがいを覚えることで発生する「親子共依存」。なぜ、今の親世代は子ども依存から脱却できないのか。いくつかの要因がありそうだ。

 まず、社会が不安定な時代にあって子どもを手放しづらい、という事情。もう一つは、今の親が、従来の封建的家父長制を廃して、民主的な家庭を築こうと努めてきた戦後世代の親に育てられたという背景だ。外部の危険から子どもを守りたいし、自分も親と友達のように育ってきたから…という無理からぬ心情が読み取れる。

 とはいえ、思春期から始まる反抗期は、親に口ごたえをしたり反抗的な態度をとったりして、自立に向けての自己確立をしようと手探り状態でもがくのが本来の姿である。親という「ぶ厚い壁」に「それはおかしい」「ここから先はダメ」と堅固な態度で立ちふさがれながら、子どもは「どう考えたらいいのか」「どこまでなら許されるのか」と迷い、苦悩しつつ自我を獲得していく。ここで親が手出し口出しをすれば、子どもはアイデンティティを手に入れられず、進学や就職など大きな転機を迎えたときに、自分自身を見つめなおしても「何もわからない」「心の中が空っぽだ」と愕然とするのだという。「ウチの子は反抗期がない」「手がかからない」「まるで恋人同士のような仲良し親子」などと誇らしげに公言している場合ではないらしい。

 「毒親」という言葉があるが、「親子共依存」は低温やけどのように知らず知らずのうちに子どもの心を壊し、自立する力を奪っていく、ある意味、異常がわかりやすい「毒親」より厄介な状態だという。親側こそが、子どもに依存せず自立することが大切だ。そのために、親は親で自分の人生を楽しむことが、親子共の自立に繋がると述べている。

文=ルートつつみ