ネットで広まる「マッチ売りの少女=売春婦説」…実は明確な元ネタがあった!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/19

年の瀬も押し迫った夜、小さな少女が一人、寒空の下でマッチを売っている。街ゆく人々は、彼女には目もくれずに通り過ぎて行く。少女は少しでも自分を暖めようと、マッチに火を付ける……。

と、あらすじの一部分を説明しただけでも、この話がアンデルセンの『マッチ売りの少女』(童話館出版)だと多くの人が分かるはずだ。広く知られている童話のうえ、ファンタジックかつ悲惨な内容でもあるため、今でもその解釈や、物語の裏に隠された意味をめぐってさまざまな議論がなされている。

なかでもネット上に多く出回っているのが、「マッチ売りの少女=売春婦」という説。ツイッターや2ちゃんねるで見つかった言葉をいくつか挙げてみよう。

・マッチ売りの少女の元は、売春婦。これ、マジ
・マッチ売りって売春の隠語か何かじゃないっけ?
・マッチ売りの少女って、マッチ燃えてる間だけセックスさせる売春少女の話じゃなかったん
・少女がなぜマッチを売っているのかと言うと、売春婦に対しての「いくら?(How much)」とマッチを掛けてるですよ

そのほかにも、「少女売春のことを示唆していると聞いたのですが、本当でしょうか」というような質問がQ&Aサイトにも複数寄せられている。どうやらこの説を信じている人はけっこういるようだ。

確かに、夜の街角に立って物を売る少女は、立ちんぼ(街娼)のメタファーに見えなくもない。だが、この説には明確な元ネタといえる話がある。それが野坂昭如の1966年の小説『マッチ売りの少女』だ。現在入手可能な本では、『野坂昭如コレクション〈1〉ベトナム姐ちゃん』(国書刊行会)で読むことができる。

主人公は大阪府西成区の三角公園(萩之茶屋南公園)に立つ、お安という女性。彼女が何をしているのかが分かる、物語の一部を引用しよう。

「もっと近うこな、風あるよって火ィ消えるよ」男は、痩せこけてはいても、まごうかたない女の脚に、お安の風体のすさまじさを見忘れ、いわれるまましゃがみこむと、お安はその肩あたりを寝巻きの裾でおおい、と、下半身がポウと明るく浮き出て、マッチ1本燃え尽きるまでの御開帳。

つまり、マッチ1本の明かりが付いている間だけ、自分の股間を見せる女性の話なのだ。野坂昭如らしいアイロニーとユーモアのあるパロディだが、同書の巻末に収録の大月隆寛の解説によると、「このお安のような立ちん坊は、大阪などでは実在していた」とのことだ。

この野坂版『マッチ売りの少女』は、水木しげるもマンガにしていたりするので、「そんなの知ってたよ」という人も当然いるだろう。ただ最近は、元ネタとしてのこの小説の存在を知らない人が増えた一方で、売春婦パロディの設定だけは語り継がれて、「アンデルセンの『マッチ売りの少女』は実は売春婦」という話が広まってしまったようだ。

また、1998年に出版されミリオンセラーとなった『本当は恐ろしいグリム童話』(桐生操/ベストセラーズ)のブームによって、『マッチ売りの少女』についても刺激的な解釈を行う書籍が複数出版されたことも大きいだろう。それらの本では、「少女はマッチの黄リンが原因の中毒で幻覚を見て死亡した」「彼女はセックス依存症だった」などの説も、かなりのこじつけで書かれている。

なお、それらの本では「マッチ売りの少女が売春婦だったという研究もある」とも書かれているが、明確な出典は示されていない。一方で『アンデルセンの生涯』(山室静/新潮選書)など多くのアンデルセンの研究書で共通見解となっているのは、作者のアンデルセンが、この童話を極貧の中で育った彼の母親をモデルに書いたということだ。

アンデルセンが、貧しいもの、虐げられるものへの慈しみの気持ちからこの物語を書いたことと、悲壮な境遇の中に救いとして現れるファンタジーの要素が、世界中の人々に感動を与えているということ。それは少なくとも、マッチ売りの少女=売春婦説や、セックス依存症説、中毒による幻覚説などよりは事実に近いと言えるだろう。

ただ、ネットでは事実に近い出来事よりも、意外性のある裏読みや、過激な解釈のほうが瞬く間に拡散される。そして、パロディがパロディであることを忘れられて、「真実」として広まってしまうこともある。「マッチ売りの少女=売春婦説」の拡大は、その一例と言えるのではないだろうか。

文=古澤誠一郎