信仰心なき信者が聖地を訪れる理由とは? 変容する現代の聖地巡礼

マンガ

公開日:2015/6/20

 伊勢神宮、熊野古道、富士山、四国遍路など、日本には古来より信仰を集める聖地が全国各地にある。しかし現地を訪れる参拝客は神道や仏教とは無縁の海外からの観光客も多い。最近では東京都千代田区の神田明神が人気アニメ『ラブライブ!』の舞台として使われたことで、ラブライバー(ラブライブ!のファン)の「アニメ聖地巡礼」の定番スポットとなっている。「アニメ聖地巡礼」の例では、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の埼玉県秩父市、『ガールズ&パンツァー』の茨城県大洗町など、宗教とは何の関わりもない普通の地方都市までも「聖地」として注目を集めている。いったい人々は何を求めて、その場所へ行くのか?

 『聖地巡礼 世界遺産からアニメの舞台まで』(岡本亮輔/中央公論新社)は、古今東西の聖地巡礼の様々なケースを取り上げ、現代の聖地巡礼の変容から宗教と観光を改めて見直している。ドラマや小説などのコンテンツから生まれた地域固有の物語性、テーマ性を新たな観光資源として活用する「コンテンツ・ツーリズム」を理解する手助けとなる1冊だ。本書から宗教と観光の新しい関係が見えてくる。

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そもそも聖地巡礼とはなんだろう

 聖地巡礼をシンプルに定義すれば「宗教の創始者、聖人に関わりのあった場所、あるいは神や精霊といった存在と関わる場所への旅」だという。ヨーロッパのカトリック聖地では、聖人たちの遺体の一部、あるいは彼らの遺品を聖遺物として収蔵する場所が聖地になっている。とくに重要視されるのがイエスに関連する品々だ。イエスの処刑に用いられた十字架や釘、ロンギヌスの槍、亡骸を包んだ聖骸布などである。聖遺物に前にして祈ることは通常よりも濃密な体験を得られ、奇跡や救済に近づくと考えられた。

 近代の聖人としてイタリアのピオ神父(1887~1968)を挙げている。生前から難病を抱えた人を治癒したり、両手に聖痕(イエスが十字架に釘で磔にされたときの傷)が現れたりなど、奇跡とでもいうべき超常現象を数多く起こした偉人だ。死去した後に聖人と認定され、2008年に遺体が一般公開されると数十万人の巡礼者がつめかけた。いまではピオ神父巡礼教会は南イタリアでは有数の巡礼地になっているという。

かつて聖地は権力者の政治の道具だった!?

 貴重な聖遺物を所有すれば街や所有者の名声も高まる。聖遺物は宗教的にも政治的にも重要なアイテムだった。中世の頃から聖遺物を高額で取引するマーケットが存在していた。王族貴族はこぞって聖遺物を買い集めては聖堂を建てたという。建築には技師や作業員を多く集めなければならない。そして壁画やステンドグラスで飾り付けるためには専門の職人が必要だ。聖遺物を納める器にも相応しい金銀細工の装飾を施さねばならなかった。聖遺物の存在は工芸の発展にも深く関わっていたという。

 聖地誕生の当時から、地域振興や町おこしなど、権力者たちの利権を巡る思惑が背景にあったと聞くと、ありがたみも薄れてしまいそうだ。それでも祈りを捧げに訪れる信者たちの信仰心は本物だろう。ヨーロッパ各地に残る教会や礼拝堂は現在でも信者たちが祈りに訪れる。しかし、その伝統ある聖地巡礼も最近では変容しているらしい。

現代の巡礼者は聖地よりも過程が大事?

 サンティアゴ巡礼は、スペイン西部の都市サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す巡礼の旅だ。イエスの十二使徒・聖ヤコブの遺骨を祀った大聖堂がある。この聖地が脚光を浴びるようになったのは、1987年に出版された作家パウロ・コエーリョの小説『星の巡礼』の影響だという。サンティアゴ巡礼の旅に出る主人公に共感した読者が、巡礼に興味を持つきっかけとなった。2001年に5万人だった年間巡礼者数が、2006年に10万人、2010年に27万人以上と年々数を増やしている。いまではエルサレム、バチカンと並ぶキリスト教三大巡礼地とされている。

 交通手段は電車やバス、自転車など様々だが、もっとも多いのが徒歩での「歩き巡礼」である。巡礼者は近隣の教会から、あるいは自宅の前からスタートし、1日20キロ程度歩いて巡礼宿で休む。巡礼宿にはオスピタレーロというサポーターがいて、巡礼の途中で他の宿泊客の世話やボランティアをする。ベテランであるほど巡礼宿に滞在する期間は長く、宿を訪れる巡礼者との交流を大切にしているという。巡礼は聖遺物に祈るために旅をしているのであり、交通機関が発展した現代では移動の過程は重要ではない。それにも関わらず、歩き巡礼は増加している。彼らにとっては聖地よりも、その過程で得られる仲間との出会いや交流が巡礼の目的になっているのだと本書は分析している。

 現代人のなかには仕事以外で他人と接する機会が減り、寂しさや孤独感を抱える人も多いだろう。聖地巡礼の世界に触れ、人や地域の繋がりを考えてみてはいかがだろうか。

文=愛咲優詩