ファンタジックな「めんどうな女」に自身の反省点が見えてくる? 「おばさんぶる」「友達を束縛」「かわいい自覚がある」……

人間関係

2015/6/29

 “女が女を悪く言う”のは、得てして喜ばれるコンテンツになるもの。『めんどうな女のトリセツ』(宝島社)は、そういった女が女のことを悪く言うシリーズを少々誇張してまとめた本である。「養殖天然ゆるふわな女」、「スピリチュアルな女」、「自称・毒舌な女」、「かわいい自覚がある女」、など、実に35種類もの面倒な女の言動や対処の仕方が解説されている。

「おばさんぶる女」
年上に「私、もうババアですよ~」とか言う。年下に「人生とは?」を語り出す。対処法は“「若い」と言われたい欲”をサーッと引かせるフレーズをブッ込む。

「友達を束縛する女」
自分の知らない友達に嫉妬。既読スルーを許してくれない。対処法は、趣味・友達・彼氏のどれかができるようにサポートする。

「SNSがめんどうな女」
計算し尽くした自撮りのアップばかり投稿。「どうしたの?」待ちのつぶやきばかり投稿。対処法は、「あのコってさあTwitterで100点の自撮りアップしまくってちょっとウザくない?」など、他人のことだと思わせて本人をディスる。

「自称・毒舌な女」
自分をおもしろいと思っている。悪口と毒舌の区別がついていない。対処法は、「それ毒舌じゃなくてただの悪口だから!」と突っ込む。

「かわいい自覚がある女」
自分より明らかなブスをほめる。合コンに引き立て役を呼ぶ。対処法は、人一倍周囲の評価を気にすることを逆手に取って、「最近、評判悪いっぽいけど何かした?」と言う。

 実際に女として生きていて、こういった人が存在するかといったら、この本で書かれているそのままの人はさすがにいないはず……というのが正直な感想だ。というよりも、周囲にこれに近い女性がいたとしても「そこまでいちいち面倒だと思っておらず、特に気にしていない」との言い方が正しい。女同士が、お互いの友情を“持たせる”ために必要悪として誰かの悪口を言うことは確かにあるが、それは世間で思われているよりはずっと少ないように思う。「女は女の悪口を言うものだ」とのテンプレートに喜び、そういうものだと思っているのは、ほとんどが男性なのではないか、というのが筆者の体感値である。

 だが、読み進めるなかで、ドキリとした箇所がまったくなかったかと言ったら嘘になる。多かれ少なかれ誰もがやりかねないことが本書には詰まっていて、その程度が超えたときに、“面倒な女”として悪口コンテンツの槍玉にあげられるのだろう。あなたがもし女性なら、タイトル通り“トリセツ”(取扱説明書)と思って読むよりも、誇張されたファンタジー上の面倒な女の姿の中に、自身の反省点を探すのが、正しい読み方かもしれない。

取材・文=朝井麻由美