[カープ小説]鯉心(こいごころ)【第十七話】「美里さんは、誰が好きなんですか?」

スポーツ

公開日:2015/6/30

カープ小説

◆◆【第十七話】「美里さんは、誰が好きなんですか?」◆◆
 

【あらすじ】
文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載することになったフリー編集者の美里。熱狂的カープファンのちさとに出会い、これまでの人生で縁のなかったプロ野球の世界に入り込んで行く。2015年カープと共に戦うアラサー女子たちの未来は果たして…?

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「私、今日がデビュー戦なんです!」

6月19日、横浜スタジアム。
カープファンで真っ赤に染まった三塁側内野席で、アミは屈託のない笑顔で言い放った。

「え、えっと… 今日はじめて球場に来た、ってこと?」
「はい! 美里さんはよく来られるんですか?」
「いや、私は… 今日が2回目です。ひとりで来たのは今日がはじめて」
「そうだったんですか! じゃあ、一緒に応援しましょう!」
「え? ちょっ…」

アミは美里の手を取り、ヒョイと腰を上げて立ち上がった。試合はちょうど5回表、カープの攻撃がはじまるところ。周囲のカープファンもぞろぞろと立ち上がり、応援の準備をはじめる。美里は少し戸惑いながらも、アミに言われるがまま一緒に立ち上がった。

な、なんかよくわからない流れになってきたぞ…

カープの攻撃がはじまると、アミは赤いカンフーバットを叩きながら、クールな横顔に似つかぬ黄色い声を飛ばした。その姿は、とても今日はじめて球場に来たという風には見えなかった。二人はしばらく、時折言葉を交わしながら試合を見た。

カープ先発の前田健太は相変わらず安定感抜群のピッチングで、スコアボードにゼロに並べていく。一方のベイスターズ先発、井納翔一も徐々に調子を上げ、試合はロースコアの投手戦に。早いテンポで試合は進み、あっという間に6回に入った。

「今日も新井さん出ないのかなぁ…」
6回表のカープの攻撃中、アミが寂しそうな声でボソッと呟いた。

これまで4番としてカープ打線を引っ張ってきた新井貴浩は、先週のホークス戦から怪我でスタメンを外れている。この日も、カープのスターティング・ラインナップに新井の名前はなかった。

「新井選手のファンなんですか?」
美里はしれっと、アミに聞いてみた。

「私、新井さんに惚れてカープファンになったんです」

え、そ、そうなんだ。
思っていた以上にストレートな返答に、美里は少したじろいだ。

「打席に入ったときの顔が超セクシーなんです」
相変わらず人懐っこい笑顔で、アミが言った。

打席に入ったときの顔が超セクシー、か。それを言ったら堂林くんも、なかなかセクシーだと思うんだけどな… 美里は脳内で、堂林翔太がバッターボックスに入りバットを構えているときの表情を再生した。

「美里さんは、誰が好きなんですか?」

ギクッ…
私ってそんなに、何考えてるかわかりやすいのかのかな…

「私は…」

あー、言いたくないなあ…
でも、はい、ちゃんと答えはあります。
うーん、よし、言ってしまおう。

「私、堂林くんが好きなの」

まるで本当に好きな人を告白するかのように緊張しながら、美里は言った。堂々と口に出してみると、不思議と気持ちがスッキリした。予想通りアミは「えー、意外!」という顔をしている。

「私も、堂林くんが打席に入ってるときの顔が好きなの。三振多いけど」

今度はニッコリ笑って、穏やかな口調で美里は続けた。アミの表情は一気に緩み、それからアハハと声を出して笑った。

「堂林くん、早く一軍に上がってくるといいですね!」
「うん! ありがとう。ところでアミちゃんは、いつからカープファンなの?」

美里はそう口にしてから、思わず「アミちゃん」と言ってしまったことに気が付きハッとした。おそらく彼女は、4つか5つくらい歳下だと思うけど…

「私ですか? 去年の11月くらいからです」

え、めっちゃ最近じゃん。というか、11月ってもうシーズン終わってる時期だし… ってことは、カープを追いかけはじめたのは今年からってこと? 美里は頭の中でグルグル考えていると、アミが続けた。

「正直まだ野球のルールもよくわかってないですけど、でも好きなんです。私が応援してあげなきゃ!って思うんです」

なんかこの子、本当に恋をしてるというか…
付き合いたての彼氏の話をしてるみたい。
今度は心の中を悟られぬよう、美里は無表情を装った。

試合はこれから、6回裏に入るところだ。スコアは依然2-0で、カープがリード。立ったり座ったりを繰り返していたら、冷たかった体もだいぶ暖まってきた。気付けば試合開始時より、スタンドのファンの数も増えている。

「雨なのに結構入ってますねー」

唐突に、若い男の声が美里の耳に入ってきた。振り向くと、スーツ姿の男が二人、横の通路を歩いている。おそらく仕事を終えて、今球場に着いたのだろう。

「ここ1、2年でニワカが増えたからなあー」
一緒に歩いていたもうひとりの男が、周囲にも聞こえる大きさの声で言った。

うわぁ、感じ悪っ…
美里は少し目を細めて、男の後ろ姿をじっと睨んだ。

「ろくにルールも知らないカープ女子のおかげでさ、チケット全然取れないの。いい迷惑だよなー全く」

はぁ? 何なのコイツ… ろくにルールも知らないカープ女子? ちさとが黒田のツーシームについて熱弁してる姿を見せてやりたいわ。大体、こんな試合の途中から来といて横をウロウロされる方がよっぽどいい迷惑だし。男二人は美里たちの横を通りすぎて、スタンドの前方へと歩いていった。

「バーカ」

…えっ?

美里は思わず、アミの方を振り返った。自分の耳を一瞬疑ったが、それは確かにアミの声だった。その声は、さっきまでの話し声より2オクターブくらい低かった。次の瞬間、アミは小雨降る横浜の夜空を見上げて、大声で叫んだ。

「本気の恋なら期間は関係ねーんだよっ!! バカヤローッ!!」

周囲のファンが唖然とする中、アミは妙にスッキリした表情でフィールドの方を向き直し、また選手たちに黄色い声援を送り始めた。

こ、この子のキャラ、やっぱり掴めない…
美里は口を半分開いたまま、雨中のスタンドに立ち尽くした。

(第十八話につづく)

イラスト=モーセル

[カープ小説]鯉心 公式フェイスブック
【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」
【第二話】「か、カープ女子…?」
【第三話】「いざ、広島へ出陣!」
【第四話】「生まれてはじめてプロ野球の試合をちゃんと見た記念日」
【第五話】「カープファンは負け試合の多い人生ですから…」
【第六話】「私も小説書きたかったんだよねえ。若いころ」
【第七話】「私たちカープファンにできること」
【第八話】「好きとか嫌いとか、にじみ出るものだから」
【第九話】「神宮球場で飲むビールは世界一美味しいのかもしれない」
【第十話】「女が生きにくい世の中で、女として生きてるだけ」
【第十一話】「ターン・ザ・クロック・バック」
【第十二話】「カープと遠距離恋愛してるみたいな感じ」
【第十三話】「カープ女子と広島焼きは、似た者同士です」
【第十四話】「毒にも薬にもならない言葉は、誰の心にも残らない」
【第十五話】「カープも私も、仕切り直しだ 」
【第十六話】「私、今日がデビュー戦なんです!」