「名言の宿命」と「人間の宿命」を、猫から学ぶ書『猫に名言 フロイト、ユング、アドラーの50の言葉』

文芸・カルチャー

2015/7/2

 名言には、宿命があります。言葉自体が発言者の意図を離れて一人で歩き出し、鑑賞者によってさまざまなドラマめいたストーリーや解釈が生み出されるのです。

 鑑賞の対象となった名言は人の口を伝って、時を越え地理を越え伝播します。すると新たな問題が生まれます。俗に言う「お前が言うな問題」であります。たとえ元の名言と一字一句変わらずとも、お前の言葉なのであれば説得力がないと、アレルギーの元となる物質が、抗ヒスタミン剤でブロックされるかのごとく、タイミングや相手を間違えると、伝わらないものです。

 時代というフィルターをくぐり抜けた名言でも「伝わるとき」と「伝わらないとき」があるのは、名言の罪ではなく受容する側の問題だと言えます。「劣等感を感じるのは、あなたが人間であるという証拠。」と、知らないオッサンに言われたら「誰やねん、お前」となりますが、透徹したまなざしを向ける猫に言われたら、これはもう、至極もっともと首肯せざるを得ません。

 人間の抱える悩みなど猫にとってはちっぽけなもの。一人で抱え込まずに、猫のごときスルー力を発揮して、時を待ったり、周囲の人に悩みを打ち明けて一緒に解決したりするのもありかな、とも思えます。また、猫にだってこれくらいのことは言えるのだから、私の言葉にだって相手に刺さるときがある、と知るきっかけにもなるかもしれません。この『猫に名言 フロイト、ユング、アドラーの50の言葉』(清田予紀、南幅俊輔/主婦と生活社)の効能は、そういうところにあるのではなかろうかと思います。その答えもこの本の中に、ユングの言葉として、ちゃんと書いてあります。

『人は無意味な生活を我慢できない』(P83)

 名言の横に猫がいる。そのことの意味を考えてしまうのは、人間の宿命なのです。でも、それは無意味なことではありません。目の前の事象と自らとの間に、意味を発生させること、それこそが人生の醍醐味であり、次の一歩を踏み出すエネルギーになるのですから。

文=猫ジャーナル
写真=『猫に名言 フロイト、ユング、アドラーの50の言葉』より