ロックレジェンド、忌野清志郎の『COVERS』制作秘話の謎に爆笑・太田が斬り込む

音楽

更新日:2015/7/4

 先日、SNSで知人がシェア投稿したRADWIMPSの「あいとわ」のMVの動画リンクを何気なくクリックし、流れてきた冒頭の歌詞にドキリとした。

 RADWIMPSのVo.野田洋次郎は2012年以降、毎年3月11日に復興の願いを込めた新曲をYouTubeを通じて公開している。東北在住の知人は個人的なタイミングでシェアしたのだが、今年の3月11日に発表された「あいとわ」は、「原発が吹き飛ぼうとも」という極めて直接的なフレーズで始まる。そのストレートでシンプルな歌詞が、震災から4年たち徐々にどこかが鈍麻しつつある心に刺さり、思わずはっとさせられるものがあった。

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 なぜこの話を枕にもってきたかというと、『ラストデイズ 忌野清志郎 太田光と巡るCOVERSの日々』(NHK「ラストデイズ」取材班/パルコ)に、少しだけ近いものを感じたからだ。アーティストにおける、表現の在り方のスタンスという観点で。

 本書は、去る2014年5月2日にNHKで放送された『ラストデイズ 忌野清志郎×太田光』を書籍化したもの。爆笑問題の太田光が、日本のロックレジェンド忌野清志郎のかつて発売中止騒動を巻き起こした“問題作、“『COVERS』の謎を読み解く過程をドキュメントタッチで構成した内容が話題となり、番組はギャラクシー賞月間賞を受賞した。

 それまで比喩的表現で独自の世界を展開してきたRCサクセションの忌野清志郎が、1988年8月15日に発表したカヴァーアルバム『COVERS』を境に、なぜ、社会派なメッセージを直接的な言葉で歌うようになったのか。亡くなる10年前に清志郎といわくつきの対面を果たした太田が、今は亡き彼の想いを探るべく、清志郎の高校時代の同級生を始め、盟友・仲井戸麗市や、『COVERS』にゲスト参加した泉谷しげるらにインタビューを試みる。本書には、OAされなかった未公開インタビューも収録され、さながら音専誌の2万字インタビューのような読後感だ。

 太田はなぜ、『COVERS』にひっかかりを感じたのか。ひとつには、爆笑問題の結成と『COVERS』が発表された“時代背景”があげられる。本書の太田の言葉を引用しよう。

爆笑問題の結成って、1988年なんだよね。それでその年に『COVERS』が出た。あれ?って思ったんだよ。それまで奥の深い、何とも言えない詞の世界観から、いきなり原発反対とか核なんかいらねえ、みたいなさ、直接的なメッセージに行っちゃった。なんで?って。それから俺、RCをあんまり聴かなくなった

 RCサクセションは「雨上がりの夜空に」に代表されるような、セクシャルなものとからめたダブルミーニングによる言葉遊びや比喩など、独特なレトリックによる詞の世界にも魅力があった。それが一転、政治的なメッセージをストレートな言葉で歌い出し、そのことに強い違和感を感じたのだ。

 本書のテキストからは、清志郎がなぜ『COVERS』をつくらなければならなかったのか、自分の違和感の根源に迫ろうと、太田がひたすらに追い求めて行く姿が伝わってくる。その様子は、太田自身の自分のルーツ探しにも見えてくる。

 太田の中では、同じ時代に、当時気鋭の社会派漫才師として注目を集めたデビュー当時の自分たちの姿が重なっていた。1986年の原子力発電所事故で日本はチェルノブイリショックの真っただ中。今、誰かが何か物を言わなければと切羽詰まった空気の中、爆笑問題もデビュー後初のライブに原発のネタを入れこみ、地下のライブハウスで客にぶつけたのだ。稚拙ながらも、今何かを表現するならやっぱりこのことをネタにしないでどうするんだ、という思いからだった。

 当時の音楽関係者との談話の中では、ほぼ同じタイミングで原発がらみの曲を発表したアーティスト、佐野元春やTHE BLUE HEARTSのことにも触れられている。THE BLUE HEARTSはチェルノブイリ事故の翌年87年にメジャーデビュー、『COVERS』とほぼ同時期に自主制作で、その名もシングル「チェルノブイリ」を発表。誰もが感じる不安感や憤りを、アーティストが代弁する形となった。清志郎自身も『COVERS』を作ったことで「ロックの範囲を広げた。我ながら素晴らしいと思っていた」ことを示すコメントが残っている。

 

 少し意外に感じられたのは、太田が表現者として自分は社会とどう関わるべきか、福島以降の今だからこそ、葛藤する部分があると明かすくだりだ。ふだんテレビでは決して表に出さない、苦悩やこだわりがかいま見える。クリエイターなら、比喩的表現を用いて作品として高めていくのが表現者としてまっとうな道なのではないか。フィールドは違えど、同じ表現の世界に身を置くものとして、力量がない自分たちはストレートにやっていたけれども、リスペクトする清志郎にはそうあってほしくはなかった。野暮だとわかっていても、そう思わずにいられなかったのだ、とも。

 アーティストはその才能をもって個人的な想いにある種の加工を施し、人々の心を揺さぶる作品に昇華させようと試みる。そして私たちの耳には、削ぎ落されたシンプルな言葉たちが、強く大きく響き、心にするっと落ちてくる。先人の残した道しるべの延長線で、今のアーティストたちはそれを軽やかにやってのける。おそらく清志郎も、当時あえて直接的な手法を選んだのではないか。太田も取材を振り返りながら、

平和を訴えるやり方に悠長なことを言ってられないっていうところがあったのかな

もしかしたら自分だけ早く気づいて、俺らに歌で教えてくれていたのかもしれない。ストレートなメッセージで…。

と思いを馳せる。

 後半は、太田がRCのある曲に出会い、そこからヒントを得て求めていた出口にたどりつく。本書に登場する、日本のロックの黎明期を支え駆け抜けてきた関係者たちの証言やそれぞれの解釈からも、さまざまな視点からの清志郎の人となりが切り取られ、読むものの想像を掻き立ててくれる。今なら、清志郎はどんな歌を歌うのだろうか。RCサクセションが、ききたい。

文=タニハタマユミ