どんな検査? 結果はどう受け止める? 妊娠してから知るのでは遅い、出生前診断の真実【河合蘭インタビュー】

出産・子育て

更新日:2016/3/14

   

 健やかな赤ちゃんが産まれてきますように。新しい命をお腹に宿したとき、そう願わない人はいないだろう。どんな顔をしているんだろう、早く会いたいなと願う幸せな時間。でも、この時点でその子に先天的な疾患があることがわかったら?

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 2013年4月にスタートした〈新型出生前診断〉。おかあさんの血液を検査するだけで、お腹の赤ちゃんに染色体疾患がある可能性がかなり高い確率でわかる。ここでわかる主な疾患とはダウン症候群(ダウン症)だが、検査で〈陽性〉、つまり疾患があるとわかったとき人は揺れ動く。障がいがある子を産んで育てられるのかどうか。育てられないと判断し妊娠を中断するとなると、それは「命の選別」につながるのではないか……。

 その是非が深く議論されることのないままはじまってしまったがゆえに、いまだ混乱のただ中にある医療の現場、そして葛藤する女性たちの心の声にリアルに迫ったのが『出生前診断 出産ジャーナリストが見つめた現状と未来』(朝日新聞出版)だ。1980年代から日本の生殖医療を見つめつづけてきた著者、河合蘭さんは「実は、出生前診断は40年も前から同じ議論をくり返している」ともいう。その現状と課題をうかがった。

― 新型出生前診断とはこれまでの検査と何が違うのでしょう?

河合蘭さん(以下、河)「半世紀の歴史があり、いまも全国の病院で行われている羊水検査は、おかあさんのお腹に針をさして羊水を取るので、わずかではありますが流産するリスクがあります。新型出生前診断と同じく、血液を採取して検査する〈クアトロテスト〉もありますが、これは的中率がたいへん低いんですよ。その点、新型出生前診断は、流産のリスクがなく、それでいて的中率はかなり高いという特徴があります」

― 海外では羊水検査やクアトロテスト以外の検査も普及してきたのに、日本ではごく一部の施設を除いて導入してこなかったそうですね。そこで、新型出生前診断が突然やってきた形になり、ものすごい衝撃を与えている、まさに〈黒船〉的な存在と見る向きもあると本書にありました。河合さんは2013年に『卵子老化の真実』(文藝春秋)も書かれていますが、この卵子老化についても、医療界では常識だったけれど、一般の女性たちはまったく知らなかった……というギャップが大きかったですよね。なぜこんなに私たち日本の女性は知らない、知らされていないのでしょう?

河「若いうちに産むのが当たり前だった時代には、卵子の老化も出生前診断も知る必要がありませんでしたからね。でも、都市部を中心に晩婚化、晩産化が一気に進んだ現代は、卵子の老化がはじまったら妊娠がむずかしくなる、同時に染色体疾患を持つ子が産まれる確率が上がるという問題を避けて通れなくなりました。それなのに日本では、そうした話は社会的タブーとして扱われてきたのです。ですから、女性のライフサイクルが大きく変わったのに、日本ではそれになかなか対応できなかったのです」

― 本書には「お腹の子の障がいがわかっても、自分の子は自分の子」とはっきりいえる女性も出てきますし、「育てる自信がない」という女性も出てきます。

河「出生前診断は、人によってものすごく受け取り方が違う検査でもあります。同じ人でも、一度目の妊娠と次の妊娠で気持ちが変わることはめずらしくありません。そこに、誰かが『これが正しい考え方なのだ』と自分の考え方を押しつけることはできません。新型出生前診断のような危険性のない、精度の高い検査が出てきて、これから価格も下がったりすれば、また変化が起きるでしょう。ただ、私は、受ける人の数が増えれば、それだけいろいろな人が受けることになりますから、障がいがわかった上で産むと決める人も増えると思います。お腹の子に障がいがあると、生まれてすぐに新生児集中治療室での治療が必要になるケースもありますから、そうした準備と心構えをしておくために検査を受けておこう、と考える人はいま現在でも少数ながらいます」

― 検査の結果に悩めば「自分で検査を受けると決めたんだから」、障がいがある子を産んで苦労すれば「自分で産むと決めたんだから」……検査とその結果にまつわる責任がすべて女性ひとりに押しつけられる空気を感じます。

河「いま、インターネットにそういう冷たい考え方が散見されて、女性たちを不安にしているようですね。でも、そもそも障がいがある子どもを授かるということは自分で決められることではないですから、『自分で決めた』というのは間違っています。それはいつでも誰にでも起き得ることですから、その負担を分かち合うことは、誰もが安心して妊娠できる社会を作ることにつながります。授かった命を十月十日はぐくんで産みたいと思うかどうかは女性が自分で決めてよいもの、という国際的なコンセンサスがあります。これを、『リプロダクティブヘルス・ライツ』といいます。日本ではまだ耳慣れない言葉だという人も多いかもしれませんね。ひとりで育てるわけではないけれど、やはり母親は育児において特別な役割を担うのでその権利があるべきだという考え方です」

― reproductive health(性と生殖に関する健康の) rights(権利)ですね。

河「はい、WHO(世界保健機関)の遺伝医療についてのガイドラインにも『ファイナル・デシジョン・メーカーは女性だ』というスタンスはくり返し表現されています。配偶者ですらその決定権はないし、女性が十分な情報を得て熟慮した結果であれば、どちらの決断をしても尊重されるべきだというのが、カソリックの影響が強い国を除いた欧米の考え方です。しかし日本では、夫や祖父母が高齢出産の妊婦さんに出生前診断を執拗に勧めてしまうこともありますし、逆に出生前診断に反対する人もいます。私は、日本の出生前診断の論争にはいつも『妊婦さんはどうすべきか』をほかの人が決めようとする空気が流れていて、女性が決定者として信頼されていないような気がします」

― 欧米のある国では、出生前診断は積極的に実施しているけれど、産むことを選んだ人には手厚い福祉が提供されるそうですね。日本では障がい児を産んだ後の不安が大きいがために、女性たちがこんなに揺れるのではないでしょうか?

河「そうですね。少なくとも、現状をちゃんと説明できる遺伝カウンセリングの全国的な整備が、いま急務とされていると思います。でも実状はというと、そのあたりは曖昧にされることが多いようですね。おかあさんたちが求めているのは『大学に進学した人がいる』『アーティストとして活躍している人もいる』というお話ではなく、保育園やお金のことなど具体的な情報なのですが。先輩ママが産後すぐ不安に陥っているおかあさんの元に駆けつけてくれる活動の例は本書にも書きましたが、そうした活動と産院のコラボも、もっと必要です」

― それにしても、これから妊娠を考える女性たちは、産む前から卵子老化に悩み、妊娠したらしたで出生前診断に悩み……苦労が絶えないように見えます。

河「それは取材するなかで私も痛感しています。実際にはすんなり産んでしまう人の方が多いのですが、こればかりはやってみないとわからないので、まずは卵子老化を侮らないことです。それから出生前診断のことは、妊娠してから知るのでは、つわりもあるし、ほんとうに大変です。妊娠する前から、たしかな情報を集めて『私だったら検査についてこう考える』『検査結果はこう受け止めたい』と、なんとなく考えておく。実際に妊娠したら気が変わるかもしれませんが、それはそれでいいのです。学校教育で教える動きも出ていますが、これは子どもは産まないと思っている人や男性にも、自分がこの立場だったらどうするかということを考えてもらう、よい機会になるかもしれません。そうすることで障がいを他人事としない社会ができるような気もします」

取材・文=三浦ゆえ