戦国武将たちの強さの秘密は「植物」にあった? その並外れた植物知識とは

社会

2015/7/15

 『信長のシェフ』(梶川卓郎・西村ミツル/芳文社)のドラマ化はネット上でも話題になった。戦国時代にタイムスリップした主人公が、織田信長のために料理をするという驚きの設定だ。主人公の見事な料理は、政治的に相手を支配する武器にもなり、味方の士気を上げるのにも役立つのだった。信長の前にカタカナの多いフランス料理がどんどん出されるさまは一見シュールだったが、では実際、信長をはじめとした戦国大名たちや彼らにつかえた武将たちは何を食べていたのだろうか?

 『徳川家の家紋はなぜ三つ葉葵なのか 家康のあっぱれな植物知識』(稲垣栄洋/東洋経済新報社)では、戦国時代の「食」の謎が丁寧に解き明かされている。著者は雑草生態学を専門にする農学博士だ。「植物」という観点から歴史を説明する切り口は新しく、実に興味深い。

 戦国時代のドラマや映画を見るときに、知っているとより楽しめるのは「家紋」だろう。西洋では強そうな動物をモチーフにした家紋が多いのに対して、日本では野山に咲くカタバミやナズナ、タンポポなど、雑草が家紋になっていることも多い。荒くれ者のイメージが強い戦国武将たちだが、実はひっそりと咲く雑草を、まるで植物学者のように観察していたのだという。将軍職を退いた後の徳川家康は、現在の静岡市に薬草園を作り、薬を調合していたほどの薬草マニアだったという。

 戦国武将たちが植物にこだわったのも、戦を勝ち抜くためだった。加藤清正は熊本城を「食べられる城」として築いた。畳の芯にサトイモの茎を、土壁のつなぎにずいきを、壁にかんぴょうを隠すことで、籠城戦に備えたのである。北条早雲によって小田原で「紫蘇巻き梅干し」が有名になったのも、ウメが携帯食や携帯薬として役立つことが由来だったという。今ではコンビニでもすぐに「干し梅」などが手に入る。戦国時代に思いをはせながら、夏の疲労回復にウメを役立てるのもよさそうだ。

 戦国時代の武士たちは、重い武具を身につけて駆け巡り、パワフルに戦っていた。その食事は玄米と味噌。実にシンプルだ。しかし、米の量がものすごい。平常時で5合、合戦時には10合が一日に支給されたという。現代に暮らす私たちから見ると、肉を食べずにそこまで動けたというのが信じられない。著者はこの理由を、昔の日本人は腸内細菌でタンパク質を合成できる体質だったからではないか、と考える。玄米は現在でも健康食として人気が高いが、体質自体が変わっているとすれば、当時とまったく同じ食事で暮らす実験は危険そうだ。だが、本書から普段の生活に生かせる栄養の知識は多い。『信長のシェフ』でも、戦に悩む信長のストレスを考え、カルシウムの多い食事を提供する主人公が重用された。あくまでフィクションではあるが、いかに効率よく栄養をとるか、知識がそれだけ重要とされたのだろう。

 また、各地の味噌の味の違いや、蕎麦とうどんの違い、醤油の味の違いなども面白い。本書を一読すれば、ご当地グルメがいっそう楽しめそうだ。出身地の名物の話は、ビジネスシーンでも役立つかもしれない。また、「なぜ門松の主役はマツではなくタケなのか?」「なぜ初夢に『一富士、二鷹、三なすび』を見ると縁起が良いのか?」など、戦国武将にまつわる雑学を得るのにも役立つ。

 江戸では、優れた循環型社会が実現されていた。植物から衣食住のすべてを自給自足していた痕跡は、「浅草」「茅場町」「荻窪」などの地名からも読み取れるという。昔の人々の知恵から、私たちが学べることは多い。

文=川澄萌野