誕生35周年の無印良品が、その理念と共鳴する150の名文、100の図版を収めた粋なアンソロジー

ビジネス

公開日:2015/7/18

 「私、セカチューが好きなんですよ」「好きな作家は武者小路実篤です」みたいな“好きなもの”に関する情報は、「私は明るく前向きなタイプの人間です」的な単純な自己プレゼンテーションよりも、その人を深く理解するのに役立ったりする。

 ならば、人と同じように企業も、企業理念やらコーポレートメッセージやらを長々と語らずに、「我が社が理想とするのは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の世界です」「我が社の社風を表す作家は村上春樹です。やれやれ」とでも書いたほうが、どんな企業なのか多くの人に伝えられるのではないか。

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 ……なんてことを考えたのは、『素手時然』(小池一子、原研哉:編/良品計画)という本を読んだからだ。この本は、無印良品が誕生35周年を機に発表したものなのだが、「無印良品はこんな企業です」という話は、まえがき・あとがきでわずかに触れられる程度。計223ページの長さがある本だが、無印良品の店のことも、扱う商品のことも一切書かれていない。

 ではこの本には何が収められているのか。それは、無印良品の考え方と共振する、約150の文章と、約100点の図版(主に写真)である。つまりこの本は、無印良品が理想とする生き方、暮らしに共鳴する文章や写真を集めた本であり、「無印良品はこんなものが好きなんです」という本なのだ。

 そんな本を筆者が「こんな本ですよ~」と要約してしまうのは何とも無粋なので、この本で紹介されている文章をいくつか部分的に引用してみたい。まずは、読んでいてなんとなーく無印良品のあのシンプルで美しい製品が頭に浮かんでくるもの。

われわれは、デザインするときもアクセサリーをつけたいと思うのだが、アクセサリーによってデザインの効果を現わそうという考え方は邪道だということだ。実用品自体がアクセサリーでありデザインであるということでなくてはならない(本田宗一郎『俺の考え』)

用が生命であるため、用を果す時、器は一層美しくなってきます。作り立ての器より、使い古したものはさらに美しいではありませんか。(柳宗悦『民藝とは何か』)

何事も足していくことはたやすいことですが、引いていくということは、大変勇気のいることです。(枡野俊明『共生のデザイン 禅の発想が表現をひらく』)

 一方で具体的に製品には関係がなさそうでも、「無印良品が理想とする暮らしとか生き方、ものづくりへの考え方って、こんなものなのかな」と想像が広がる文章もある。

編みものをする愉しさは、きっとあなたも知っているでしょう。木枯の吹く冬の夜長に、すこしの時間を惜んで、ものを編むあのひとときは、たとえ、編む指先はこごえていてもきっとあなたの頬は明るく、胸はしずかなよろこびにみちていることでしょう。(花森安治『花森安治集 衣装・きもの篇』)

時間をケチケチすることで、ほんとうはぜんぜんべつのなにかをケチケチしているということには、だれひとり気がついていないようでした。(ミヒャエル・エンデ 大島かおり訳『モモ』)

“時の試練”とは、時間のもつ風化作用をくぐってくるということである。風化作用とは言いかえると、忘却にほかならない。古典は読者の忘却の層をくぐりぬけたときに生れる。作者自らが古典を創りだすことはできない。(外山滋比古『思考の整理学』)

 どうだろう。具体的に無印良品について説明しているわけでもないのに、読むうちに無印良品についての理解が深まってくる感じがするのではないだろうか。

 こんな文章と一緒に並んでいる写真に写るものは、人の手のぬくもりのある民芸品だったり、生命力にあふれた自然だったり、あたたかさを感じる暮らしの様子だったりして、また素晴らしい。しかも写真は文章に対して説明的に配置されているわけでもなく、どことなく質感や空気感が呼応している感じ……というのが何とも粋である。

 なお本書はB5ワイドサイズと本自体がけっこう大きく、写真や図版もどどーんと配置されているので、写真集の感覚でも楽しめる。そんな豪華な本なのに、価格は2000円(税別)という驚きの安さであることもお知らせしておきたい。とっても粋な本なのに、最後の最後の勧めかたが下世話になってしまいすみませんでした。

文=古澤誠一郎