[カープ小説]鯉心(こいごころ)【第十九話】美里さん、ひとりで寂しそうだったから

スポーツ

2015/7/23

カープ小説

◆◆鯉心(こいごころ)【第十九話】美里さん、ひとりで寂しそうだったから◆◆

 

【あらすじ】
文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載することになったフリー編集者の美里。熱狂的カープファンのちさとに出会い、これまでの人生で縁のなかったプロ野球の世界に入り込んで行く。2015年カープと共に戦うアラサー女子たちの未来は果たして…?

「僕、もともとはこの店のお客さんだったんですよ」
カウンターの奥にいるマスターがニッコリ笑って、美里の方を見ながら言った。

「ここに通ってたらすっかりカープファンになっちゃって、気付いたらここで働くようになってて」
「そ、そうなんですか…」

金曜日の夜、時計の針は8時半を少し回ったところ。美里は祖師ケ谷大蔵にあるカープ居酒屋「亀山社中」にいる。アミがカープファンになるキッカケになったという店だ。

「ここのお客さんはみんな、いい人ですよ」
慣れない雰囲気に落ち着かない様子の美里を気遣うように、隣に座るアミが言った。

「カープ女子のせいでチケット取れないとか言うやつもいませんしね」

アミは横目で美里を見ると、少しはにかみながらウインクした。美里は、横浜スタジアムでアミが夜空に向かって「バカヤロー!」と叫んだ姿を思い出し、少し緊張が和らいだ。それから二人は、ビール=マエケンに鳥わさをつまみながら、しばらく会話をした。

髪をバッサリ切ってボーイッシュな雰囲気が増したアミは、一見すると10代に見えなくもないが、実は美里のひとつ歳下であることが判明した(ひとつしか歳が変わらないという事実に、美里とアミはお互い驚いた)。アミは普段、渋谷のセレクトショップで働いているという。少し前までは百貨店の化粧品売場で、いわゆる美容部員として働いていたそうだが「職場の人間関係」を理由に辞めたらしい。その頃のアミの写真をiPhoneで見せてもらったが、これまた今とは雰囲気が全然違った。ひと言でいえば「ギャルっぽい」感じだった。

店内には美里たちの他に三組の客がおり、奥にいる男性二人組はずっと広島弁でカープの話をしている。大瀬良大地は先発に戻した方がいいとか、ネイト・シアーホルツにはもう少し打って欲しいとか、そんな話だ。店内にふたつあるテレビ画面では、カープ戦の録画映像が流れている。

「アミちゃーん! 歌いなよ!」

美里とアミが話していると突然、客の男がアミに向かって言った。おそらく、アミの知り合いの常連客なのだろう。店内のテレビ画面がカラオケに切り替わり、美里は顔を上げた。曲は、ラルク・アン・シェルの『HONEY』。

な、懐かしい…
でも、これって結構無茶ぶり…

「よっしゃー!!」

美里の心配をよそに、アミはノリノリで立ち上がりマイクを取った。
やっぱりこの子、よくわからない…
次の瞬間、アミは鋭い眼光で画面を見つめ、そして熱唱をはじめた。

アミが歌う『HONEY』は、抜群に上手かった。

特に低音のパートは、まるで男性が歌っているかのように力強かった。横浜スタジアムで通りすがった男たちに向かって「バーカ」と言い放った、あの声だ。一体、この小さな体のどこからこんな声が出てくるのか…

曲が終わると店内から拍手が沸き起こり、アミは満足そうな顔をしてマイクを別の客に手渡した。

「じょ、上手だね」
席に座ってビールのグラスを手に取ったアミに、美里は少したじろぎながら言った。

「私、V系好きなんです」
「V系?」
「あ、ビジュアル系です」
「あ…」

ビジュアル系って言葉を、久しぶりに聞いた気がする。といっても音楽に詳しくない私からすると、GLAYとかラルクとか、そんなイメージだ。

ビジュアル系バンドが好きなカープ女子、か…
それぞれ全く別物のようで、どこか似ている気もする。
何が似ているのかと言われると、よくわからないけど…

「私、ガチのゴスロリとかもやるんですよ」
「え?」

アミはiPhoneを手に取ると、写真を開いて美里に見せた。

「これ… アミちゃん?」
「はい」

iPhoneの画面に写っていたのは、これまた別人のようなアミの姿だった。白に近い金髪に、陶器のような白い肌。大胆な黒いアイラインとボリュームのあるつけまつげ、そして毒々しい赤色の唇。まるで西洋の人形のようだ。今隣にいる、短髪でロックな雰囲気のアミとは全然違うし、さっき写真で見たギャル風のアミとも全然違う。もちろん、この前横浜スタジアムでカープを応援していたアミとも全然違う。色んな顔があるというか、状況に応じて色んなモードを使い分けているみたい、と美里は思った。

「私、…っていうバンドがめっちゃ好きなんですけど」

アミが口にしたバンド名を、美里はよく聞き取れなかった。フランス語とドイツ語が混ざったような、そんな感じの響きだった。聞き直すのも野暮かと思い、美里は黙って話を聞き続けた。

「このコスプレは、そのバンドのライブに行ったときのです。もう、めちゃめちゃカッコイイんですよ! この日はヘドバンしすぎて、次の日は首が回らなくて…」

アミはなぜか、少し照れたような様子で言った。カープの話をするときと同じく、恋人のノロケ話をしているような感じだ。カープにしてもバンドにしても、どうしてこんなに夢中になれるんだろう。やっぱり私には、その感覚がよくわからない。

「なんか、アミちゃんが羨ましいな」
珍しくビールを飲んで少し酔っている美里は、どこか自虐的な口調で言った。

「私、何かに夢中になって追いかけたりとか、そういうのないんだよね。なんか、いつも中途半端っていうか」

美里はそこまで口にしてから、ハッと我に返った。アミは少し身を引き気味に、少し反応に困ったような表情で美里の顔を見つめている。しまった、せっかく好きなバンドの話をしてくれていたのに、私は得意の自虐プレイで水を差してしまった。あー、わたし今、完全に面倒くさい女だ… と、とりあえず話題を変えよう。

「あ、あのさ、そうえいばこの前球場で、何で私に声かけてくれたの?」

なぜ今そんなことを聞くのか、我ながら意味不明の質問だ。
…と思いきや、アミは美里の顔を真っ直ぐ見て即答した。

「美里さん、ひとりで寂しそうだったから」
「え?」

予想外の答えに、美里は少し動揺した。それって、ファールボールが飛んでくる前から、私のことを気にかけてくれていたってこと…? てか私、そんなに寂しそうな女のオーラ出てたのか… うーん、なんかもう…死にたい…。

「な、なんかごめん」
美里は何と返せばいいのかわからず、とりあえず謝った。

「何で謝るんですか?」
「いや、なんか、気を遣わせちゃって悪いなって…」
「…別に気は遣ってないですよ」
「…うん。ありがとう」

アミはそれ以上何も言わず、テーブルのグラスをじっと見つめた。なんか、気まずい空気になっちゃったな… 店の奥では相変わらず、男性客二人組がカープ談義で盛り上がっている。時折マスターも交えて三人で、延々とカープの話をしている。

「小学校の頃に体育の授業で、二人一組でペアを組みましょう、みたいのあったじゃないですか」
アミが唐突に、美里の顔を見て言った。

「私、いつも三人のペア作ってたんです。ひとり余っちゃった子に、声かけて」

小学生のアミがそうしている姿は、何となく想像できた。正義の味方じゃないけど、いじめっ子の男の子に真っ向から立ち向かってそうな、そんな雰囲気がある。嫌な思いをしている人がいないか、いつも気にかけているのだろう。

「周りに気を遣って、ストレスためちゃうこととかない?」
美里は、ふと思ったことを素直に聞いてみた。

「めっちゃありますよ」

あ、そうなんだ。
アミが迷いなく即答したことが、美里には少し意外だった。

「でも、ずっとそうやって生きてきたから、それしか方法がわからないんです」

アミはそう言って少し笑い、カウンターの奥の方を見つめた。
その横顔は心なしか、どこか寂し気だった。

(第二十話につづく)

イラスト=モーセル

[カープ小説]鯉心 公式フェイスブック
【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」
【第二話】「か、カープ女子…?」
【第三話】「いざ、広島へ出陣!」
【第四話】「生まれてはじめてプロ野球の試合をちゃんと見た記念日」
【第五話】「カープファンは負け試合の多い人生ですから…」
【第六話】「私も小説書きたかったんだよねえ。若いころ」
【第七話】「私たちカープファンにできること」
【第八話】「好きとか嫌いとか、にじみ出るものだから」
【第九話】「神宮球場で飲むビールは世界一美味しいのかもしれない」
【第十話】「女が生きにくい世の中で、女として生きてるだけ」
【第十一話】「ターン・ザ・クロック・バック」
【第十二話】「カープと遠距離恋愛してるみたいな感じ」
【第十三話】「カープ女子と広島焼きは、似た者同士です」
【第十四話】「毒にも薬にもならない言葉は、誰の心にも残らない」
【第十五話】「カープも私も、仕切り直しだ 」
【第十六話】「私、今日がデビュー戦なんです!」
【第十七話】「美里さんは、誰が好きなんですか?」
【第十八話】「カープファンの秘密結社」