上北沢と下北沢はなぜ「上下」? 「暗渠」を見つけると、街の景色が変わって見える

社会

更新日:2015/10/19

 街を歩いていると、人や自転車は通れるが車止めがあって車は通れない、もしくはフェンスなどがあって人も進入できない、細長く続く道や微妙な空き地に出くわすことがある。じつはそれ、もともと川や水路だった「暗渠」である場合が多い。しかし暗渠を発見したことを誰かに興奮気味に話しても、だいたいは「ふーん」という、なんともつれない反応があるだけだった。

 ところが最近では『ブラタモリ』などのおかげもあり、街歩きに「土地に残された過去の痕跡を見つける」という視点を取り入れることが広まって、話に興味を持ってくれる人も増えてきたように思う。これまでは街の過去の痕跡についてのまとまった研究や書籍は少なく、ひたすら自分の足で歩き、痕跡を見つけ、話を聞き、図書館などで調べることが必要だったが、近年ではそうした街歩きのための書籍やアプリも充実しており、地形や坂、古地図、建築物など様々なタイプが揃っている。

advertisement

 そしてついに「暗渠」にターゲットを絞った『暗渠マニアック!』(吉村生、高山英男/柏書房)が出版された。暗渠に魅せられた2人がまとめた、その名の通りかなりマニアックな内容の1冊だ。ちなみに2人の暗渠に対するスタンスは違っており、吉村氏は「地域を限定し、郷土史を中心とした細かい情報を積み重ね、掘り下げていく方法を好ましい」としていて、高山氏は「広域を対象とし、俯瞰と理論化を繰り返すという方法により、東京の暗渠をメタ的に捉えている」という。

 本書で行われている考察はどれも面白い。周囲より低いところに続く、抜け道のような細い道や遊歩道、ジメジメとした湿気の多い苔むした場所、道に連なるマンホールや車道に比べてあからさまに幅の広い歩道といった、普通に生活しているだけでは気づかない暗渠の探し方から始まり、どんどんマニアックな方へと深まっていく。

 例えば、世田谷区の「上北沢」と「下北沢」はなぜ「上下」なのか? もともとこの2つの場所は、現在は暗渠になっている「北沢川」でつながっている関係性で結ばれていて、これは今の地図を見ているだけでは絶対にわからない。こうした「上流と下流」といったような、今は見えなくなっている「暗渠」の視点が加わることで、地図が立体的に見えてくるようになるのだ。

 また残された橋の欄干や車止めなどが「暗渠サイン」として取り上げられているが、フィールドワークから導き出された独自の「暗渠サイン」の視点はかなりマニアックだ。「水場関連・排水排電関連」によると、大量に水を流す必要がある場所、例えば銭湯やクリーニング店、豆腐店といった店が連なっている場所は川であった場所の近くの可能性が高いという。そして意外なところでは「排電」の視点=ガソリンスタンドがあり、火事や事故を防ぐため敷地の土壌に静電気が留まらないよう電気を逃がすアース工事が必要なので、土中の水分含有が多い場所、つまり湿った土地の方が工事しやすいのだそうだ。

 またバスターミナルや自動車教習所、ファミリーレストランといった広い敷地は、湿り気が多くて開発が後回しになった場所が使われる場合が多い「スペース要因」があったり、材木店や米穀店などもともと水運で物を運んでいた施設は水に近い場所にあるという「川関連産業」といった視点もある。こうしたことを頭に入れて歩くと、普段は街並みに隠れている暗渠が浮かび上がり、どのように街が変わったのかがよくわかる。さらに本書には水の流れによる境界や湧水調査、名所案内など非常にディープな暗渠愛に満ちている。

 人というのはなぜか低い土地に集まる傾向があり、街や商店街は暗渠化された場所で発展することが多い。長い商店街として有名な戸越銀座は目黒川の支流の谷を暗渠化して作られた場所だし、新宿の歌舞伎町や渋谷の駅前、原宿の竹下通りやキャットストリートなども暗渠化されて発展した。なのでこの本に引き寄せられ、自分の中にある暗渠愛に気づいてしまった人は、二度と引き返せなくなるはずだ。「水の低きに就くが如し」、水が低い方へと流れることが止められないのと同じ、自然の成り行きは止めようとしても止められないのだ…

文=成田全(ナリタタモツ)